un deux droit

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明後日の方向からの一撃

足首の激痛の原因は、捻挫でもなく痛風でもなく、まさかの椎間板ヘルニアだった。足首の不調を訴えたのに、一眼見てこれは腰かもわからんね、と看破した中国人の院長先生の洞察に5000年の歴史を感じた。レントゲンを確認すると素人目にも背骨の歪みを見て取れた。こちらの動揺を意に解することもなく痛み止めの注射と鍼をブスブス刺されて悶絶したものの、その苦痛の甲斐なく痛みは引かない。
ヘルニアと言われて手術でもする羽目になるのかと一瞬パニックになったが、看護師さんはありふれた病気かのように対応がそっけない。

・いつごろ治るの?
→個人差があります。
・今後の治療は?
→鍼やマッサージなどです。
・頻度は?
来れる時に。
・任意?
→任意です。
・やっちゃいけないこととかないの?
→痛い時にめちゃくちゃ重いもの持つとか、激しい動きをするとかですね。
・まぁできないですよね、痛いし
→そうですね。

というわけで、そもそも痛みが発生しないように姿勢を矯正したり筋トレしたりという指導はないっぽい。肩こりみたいなものなのか?拍子抜けしたけれど、なんとかうまく付き合っていきたい。当面子どもを走って追いかけたり、抱っこしたりが難しいのがどうなることやら。

健常者の病人に対する配慮の難しさ

昨日子どもと遊んだ時に足を捻ったらしく、朝方歩けないほどの激痛が足首に襲った。湿布を巻いて安静にしていたが痛みが治らないので病院に来ている。
昨日の夜に少し違和感らしきものがあったが、歩行には問題なかったので、捻った直後ではなく翌朝の発症に少し疑念が残る。これが痛風というやつではないかと。まぁ診察の結果を待とう。
片足けんけん状態では保育園の送りが難しいので妻にお願い。できる準備は頑張ったが、整形外科の診療が開始し、できるだけはやつ通院したい気持ちが逸って、登園準備の終盤で自分の準備を優先してしまった。
すると妻から即座にカミナリ。いや先こっちでしょ、あんたの準備はみんなが出発してからやればいいじゃん。なんで任せた途端ノータッチなのよ。プリプリと言い捨てて玄関を出て行った。
言われていることはもっともだし、急に普段担当していない登園を任されて不服な部分があったのもわかるけれど、負傷者に対して随分と酷な態度。いつも自分が生理の時にあんたは気遣いがない、いつもと同じ働きを期待すんな、と仰っていたのはご自身には適用されないらしい。
傷んでる方はイライラしたり落ち込んだら混乱したりで普段のように頭が回らないし、自分のことでいっぱいいっぱいになるのよ、といった悲痛な叫びはとてもよく記憶している。まさに今自分がその状態だからだ。1秒でも早く病院に向かって早くこの痛みから解放されたい。頭の中はそれだけでいっぱいのところを、なんとか平静を保って全体のために貢献しようと思うけれど、集中力が途切れるから抜け漏れが多い。そんな自分にもイライラする。
けれど、この苦しみを他人が理解して必要なサポートをシームレスで行えと命じるのはやっぱりやりすぎなんじゃないかなと思う。できてないじゃん、妻よ。

お清めのボランティア

育休経験を語れる人を見繕ってくれと言われていた件、結局私自らが買って出ることになった。日にちの都合がつき、予算の折り合う人がいなかったためだ。以前なら採算の取れない案件は理由をつけて断っていたが、お客さんの言い値で引き受けるという投げやりな契約をした。
適正価格を提示できない買い手に対しては売り手が安易に同調してはいけない。過度な安売りは他のプレーヤーが適正な利益を得る機会を妨害するため、やがて市場全体の生態系そのものの毀損を招く。そんなこまっしゃくれた態度でこれまで商談に臨んでいたのだが、不意に馬鹿馬鹿しくなった。私にとって内容そのものに価値があるなら金銭的利益は度外視で良いんじゃないか。そんなふうに思えたのだ。
おそらく会社がコロナでお尻に火がつき、儲かること自体を目的化している浅ましさや卑しさがダダ漏れになっていて、それに反発したくなっただけだと思う。我々が事業を通じて生み出したい価値はなんなのか。その価値探求を持続させる手段として金がある理屈はわかるが、金を得られないからと言って生み出したい価値の提供機会を手放すのは本末転倒ではないか。デトックスのために見返りが最小化された他者への貢献機会をこれからも定期的に設定していきたい。

不景気は自己効力感を毀損する

目をかけていた後輩が1on1ミーティングで退職意向を漏らした。誰よりも明るく、誰よりもタフで、共感能力と鋭い問題提起という二律背反を難なくやってのけるお化け新人で、私などほどなく追い抜かれて、あと2,3年もすれば私の上司になっており、たとえそうなっても私のプライドを一切損ねずにむしろパフォーマンスをぐいぐい引き出してくれるタイプの弩級エースだったのだが、コロナ禍を機にモチベーションが急低下していた。今まで一度もなかったようなケアレスミス、らしくない準備不足が目立つようになった。予算達成見込みも例年に比べ雲行きが怪しい。
彼女は最初、会社が打ち出しているキャンペーンに対する反感を示した。あんな芸の無いごり押しだけで売れるものか。お客様のことを何も考えていない。お客さんのためにならないと分かりきっている商材を売りたくはない。至極ごもっとも。それでうっかり私も乗せられて、当社の存在意義自体がもう陳腐化しているのかもね、と軽口をたたいたのがまずかった。「あんどうさんもやっぱりそう思います??!!」そこからは彼女の独擅場。彼女の話をまとめるとこうだ。コロナを機に、お客様自身が自分たちの存在意義を見失いつつある。そしてその予感はおそらく正しく早晩淘汰される。そんな相手に対しありもしない存在意義をこしらえ、うたかたの夢を見させながら無意味な延命を助長することで自らも空しく延命しようとしている当社もまた存在意義が無い。さすがエース。インコースのえぐりが半端ない。とりあえず彼女には既定路線で乾いたぞうきんを絞る愚行はそろそろやめて、これまでと根本的に質の異なる価値の発揮の仕方を再検証する時間を作ろうということにして今日はお開きにした。簡単に言ってみたもののそれはすなわち新事業を起こすことに他ならないが、彼女の従来のポテンシャルならばやりかねない。
結論として何が言いたいのかというと、不景気の問題は、需要そのものがやせ細ってしまったことによって、「誰かの役に立っている」という感覚を得る機会が減っているんだなということ。そこそこ暮らし向きに余裕のある層は当座のキャッシュフローの心配はなく、もっぱら自己価値の実感・充足が生きるための栄養なわけで、その部分が一人一人の努力や工夫と関係なしに構造的に枯渇し始めていて、それゆえ自分は価値ある人間だと自尊感情を持つことができない人間が量産されているのだとしたらゆゆしき事態である。前途ある若者たちにとっての絶望の緩衝材としてなんとか自分の存在を役立てたいと思う。

執筆業務をするようになって痛感する営業のしんどさ

今年の4月から顧客向けのメルマガ執筆やオンライン座談会のファシリテーターセミナー講師をやり始めたのだが、それらの仕事が快適すぎて営業が辛い。
どんな形態であれ、全方位的に情報を発散する類の仕事は、書きたいことや言いたいことを適当に言っているだけで商売が成り立つ。発信対象者母数が大きいので、そのうちの1%でも関心を持ち、面白いと思ってくれれば採算が取れるのだ。
けれども営業だとそうは行かない。目の前の人がうんと首を縦に振らなければその先がない。にっちもさっちもいかない。相手がどんだけ嫌なやつだろうと興味が湧かなかろうと、その人に気に入られ、その人の関心に提案をフィットさせないとチャリンと音が鳴らない。営業だけやってるとそれが当たり前のことなんだけど、自分のありのままの無調整の状態で自分に合うお客さんがわざわざ自分を探し当ててくれて、勝手に喜んでもらえるという虫のいい手段を手に入れた今、通常の営業活動では「なんでこんなにわからずやなんだこの人」「勝手な人の話取るなよ」「さっきの話聞いてないだろ」とイライラが募るようになった。
セミナーの評判がピカイチの人ほど営業に連れて行くとポンコツなことが不思議だったのだが、自分がその立場になるとなるほどとよくわかる。思い通りに相手をコントロールできないことに対する耐性がなくなっていくのだ。自分はあの時あんなに喝采を受けたのに、なんで目の前のおっさんはそんな私に靡かない!なんて自分勝手な妄想に陥ってるんだろな。いやはや恐ろしい。
企画が立て込んでてしばらく現場から離れていたけど、リハビリだと思って営業また頑張ろ。

自分も依存症なのか?それともただの没頭か?

昨夜、寝る前にtwitterを眺めてたらこんなマンガのリンクが飛んできた。

www.mhlw.go.jp
TOKIOの山口さんが飲酒運転で捕まった件がきっかけで拡散しているのだろう。発信元は嫌悪するインフルエンサーだったけど、内容に興味があったので見てみると、あらあらと最後までページをスワイプする指が止まらなかった。
読みながら脳裏に付きまとって離れなかった不安はただ一つ。
「自分もひょっとして依存症なのでは?」
という思いだ。

私が密かに心配しているのは、クレーンゲームに対する依存症だ。私だけでなく妻も含めて。

半年くらい前に、すみっこぐらしかなにかのぬいぐるみを取り始めたのがきっかけで今では毎週末、子どもを連れてのゲーセン通いが習慣になっている。この4連休のうち3日はゲーセンに顔を出した。それまでは人生でほぼやったことが無かったのに、今では平日の営業終わりに近場のゲーセンを探して立ち寄ったりしている。むしろゲーセンの一をグーグルマップで検索してから営業ルートを組み立てている。終わってる。家計簿を見ると、おそらく半年で3~4万使っている。他の依存症と比べると出費の痛さはそれほどでもないところが幸い七日禍なのかわからない。
子どもを連れていくと、子どもが欲しいぬいぐるみがあると取って取ってとせがまれるので、取れなくてもなかなか自分から終わらせられない。やばいなと思うのは、子どもはすでに飽きていて早く帰りたがっているのに、親が取れるまでしばらく粘っているとき。家が景品であふれてきていてリビングで目に入るものがほとんど景品だったとき。子どもたちはおままごとのキャラクターが増えて楽しそうだが、そろそろ打ち止めにしないとなと危機感を覚え始めた。
私は安月給で小遣いが少ないからそこそこの出費で済んでいるが、妻は副業含め荒稼ぎしているので使い方も豪快だ。1回200円のゲームでも躊躇なく突っ込んでいく。その代わり、平日にまで仕事を抜け出していったりは今のところしていないので、まだ依存症とまで入っていない気もする。自分が「今日はいいかな~」と言うとあっさり引き下がるので、妻の方が症状は軽いのかもしれない。使った額は妻の方が多いが、使った時間は私の方が多いという感じ。

一応夫婦間の言い訳としては、
・コロナで遠出もできないし、してないから毎年使ってたレジャー費に比べれば可愛いもの
・基本一人ではいかないし行ってもつまらない(少なくとも妻は)。みんなで共通の目的に向かって力を知恵を併せて目標を達成し、喜びを分かち合うのが楽しいだけ
・子どもが興味ないもの、飽きたものには手を出さないし、どうせ子どもが成長したら別の習慣が生まれるから一過性のものだ。
ということにしている。

妻は、「パチンコ依存症の人を笑えないね」とカラカラと笑っている。猛者だ。

依存症ではなく、単なる趣味、もしくは習慣。確かにその線引きは難しい。マンガではその線引きとして
・自身、周囲に損害が出ていること
・歯止めが利かないこと
という2つの指針が出ていた。
それに照らし合わせると、出費は確かにしているものの、借金してまでとか、朝から晩までそれだけとかはさすがにないのでちょっと違うかなと思っている。
過去を振り返ってみると中高まではテレビゲーム依存症みたいなもんだったし、大学から社会人新人あたりまでは酒浸りだった。しかしある時期を過ぎると、なんか飽きたな、という気持ちになってそれ以来何の苦労もなくぱったり辞めているので、依存症になりにくい飽きっぽさがあるのかなと自己弁護を働いている。端に依存する先を乗り換えているだけで、依存心そのものはかなり強固なのでは・・・なんでもある程度、没頭、熱中する性質が無いのもそれはそれで物事を成しえないので、ほんと程度問題だなと思う。
なんだかこうやって書いているうちに、自分は依存症ではない気がしてきた。やり込んだロープレに飽き始める終盤の心境にかなり近い心持がしている。これ以上時間をつぎ込んでも得られる快楽は乏しいな、ここから先の極めは苦行だなと思ったときにはどれだけ中途半端な時にスパッと辞めてきた。ただの心配しいだなきっと。とりあえず結論は保留して、次の土日の自分の動向と湧き上がる感情を冷静に観察しよう。

芸術家にしか見えていない世界

昨日の昼間、ドライブしていると、助手席に座っていた妻が
「あ、ハリアーの新車だ。初めて見た」
とつぶやいた。
なんのこっちゃと思ったが、聞くと最近エンブレムが変わったらしく、そのせいでぱっと見うちの車と大差なくなった、とのこと。ここまで聞いてもちんぷんかんぷんだったので、適当に相槌を打っておいた。

妻はとにかく車に詳しい。国内外問わず街で見かける車はほぼ100%車種まで言い当てられる(私には確かめる知識がないのだが)。私はエンブレムすらもほとんど知識ゼロで、ベンツと三菱の違いもわからないくらいのスカポンタンだったのだが、妻に鍛えられて最近ではようやくプジョーを見てジャガーと答えるのを躊躇うくらいまでは成長した。
妻は幸いそういった高級車を所有したい欲はなく、ただ眺めるだけで満足らしい。「絵画鑑賞が趣味だからといって、実際に買っちゃう人はほとんどいないでしょ」と言われてなるほどなと思った。妻は美大出身だ。しかし、あまり絵画に興味なくて不思議だなと思っていたのだが、美術=絵画という私の認識の方が根本的に間違っていたのだ。つまり彼女にとって車は美術品なのだ。
私は以前から、なぜクラシックとか絵画とか誰もが知るような名作はある一時代に集中してその後嘘のようにスパッと途絶えているのだろう、人間は芸術的には退化してるってことなのか?という疑問を持っていたのだが、芸術家が途絶えたのではなくて、芸術家の表現する対象が移行しただけだったのだ。ゴッホは当時キャンバスしかなかったから絵という手段で自分の芸術的才能を発揮しただけに過ぎない。
妻は絵を描いていないけれども歴とした芸術家だった。彼女が創作しているのは流線型を描くプロジェクトの進捗管理、欠品もダブりもない日用品のスペアの管理、生活が豊かになる家具・道具の絶え間ない更新、最も機能的になるような物の配置の永遠に終わらない微調整といった、目に見えない「作品」だった。私自身も随分改造されてきたなと思うので。おそらく私や子ども達も作品の一部なんだろうと思う。芸術家と同居するというのはある種のホラーだ。いつの間にか変わっていたコンセントの位置の使いやすさを味わいながら背筋に寒いものを感じている。