un deux droit

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持て余す幸せのひととき

妻の機嫌がすこぶる良い。生理前なのに。生理前の土日を平穏無事に終了できたのはいつぶりなのだろう。涙出そう。
機嫌が良いというのはいつもニコニコ笑っている、という意味ではない。もちろんいつものようにプリプリと、全方位的に怒りを放出している。しかしそれが持続しないのだ。ネチネチと何遍も同じ話をループしてうんざりしたこちらの会話上のケアレスミスを狙い、次の炎上の燃料にするという永久機関モードの陰湿さがない。嫌味を一言述べるだけで鎮火する。これは機嫌が良いと判定して差し支えない。
これくらいの問答で毎回のやり取りが済むのならばこちらも変に身構えて過剰防衛反応を示す必要もない。妻の小言に対する私の反応が穏やかになり、それがまた妻の感情の収束に一役買う。なんて素晴らしいグッドサイクルだろう。でも一般的な人間関係ってそもそもこんなもんじゃないかと思うけれど。今はそんな贅沢を言わずトリクルダウンしてきた小さな幸せを何度も噛み締めたい。この程度のポカならこの程度の怒り、という私にとっての相場の範囲内に妻の反応が収まる当たり前が嬉しい。理不尽な境遇に晒されていないことが社会的動物にとっては生きる糧なのだ。
妻のPMSの薬が効果を示してきたのかもしれない。体に薬が馴染むまで2ヶ月くらいの継続作用が必要らしいが、ちょうどそれくらい経過した頃合いだ。製薬会社の皆様の努力には感謝しても感謝しきれない。

この幸せなひとときがあまりに突然訪れたので、まだ私がうまく対応できていない。何かつまらぬポカで台無しにしてしまわないよう早めに寝室にこもっているのだが、なぜが妻が何度も用事で話しかけにくる。私はその度に脊髄反射でビクッとなってしまう。骨の髄まで染み込んだ恐怖心はそう簡単に解毒できない。

これを限りにしたい保育事故

news.yahoo.co.jp

とても他人事とは思えない惨事。親御さんもまさかこんな恐ろしい事故が我が子に降りかかるとは思うまい。事前に予見して回避することもできない無力さがなおのこと苦しい。

報道されている内容を読む限りでは、うちの子ども達が通っている保育園はずいぶんしっかりしているなと思う。屋内外の出入りの時はいつでも子どもの数をカウントしているし、登園時間に遅れると必ず電話が来る。当たり前と思っていたけれど当たり前のことをきっちりやってくれていることに感謝しなければ。
また親の立場からももっと協力しなければならないなと思った。保育士がどれほど気をつけていても所詮他人の子。我が子が特別に見えるのは親だけで、集団でわちゃわちゃしていたら誰が誰だかわからないし、誰がいていないかも判別は困難だ。絶えずわがまま好き勝手放題の子ども達を監督する心労も尋常じゃ無いはず。少しでも判断や思考の負荷が減るように持ち物の忘れ物を減らしたり、イレギュラーな送り迎えの時間の事前報告を徹底したりとやれることは細々ある。巡り巡って先生の負荷を取り除くことが我が子を守ることにもつながるのだ。
その一方で、本当にこれ安全なやり方だろうか、と疑問に思ったことについては問題提起することを躊躇ってはならないなとも思う。園ごとに謎ルールがある。ちょっと変だなと思っても、一般企業と違って閉鎖的な社会だから自浄作用が働きにくいのだろうと、実害がない限り微笑ましいなと放置しているけれど、安全だけは別物だ。相手がプロだからと丸投げの委任は無防備すぎるなと今回の事件で痛感。

エンドレスリピート アフター ミー

妻の許容範囲は何かにつけてとにかく狭い。
生理の時は尚更だ。
おかずの薬味から、タスクの遂行タイミングに至るまで、ちょっとでもコンフォートゾーンをはみ出すと思いやりがないとか私を軽んじているとかヒステリーになる。そのことに私が神経質になって、卑屈な態度で怯えながらこれでいいかな?と間違いでない保証を取ろうとすると「『それじゃやっぱり嫌だ』と後から言う権利を前もって剥奪されたみたいな感じになって卑怯だ」と宣う。そこまで自分の思い通りにならないと気が済まないのかと病的なものを感じる。

今日は残務処理のためにパソコン作業をしていたら、ものすごく不愉快な顔をしてやってきた。「夜は私が1人で作業している気持ちになりたい時間帯だから、あなたに起きていられると窮屈なの。早く寝て」とのこと。私が自由に時間を使えるのは朝だけらしい。それでいてそのことを説明するのにくどくど1時間強説教を垂れる。何か相槌が違ったり、妻の主張のリピートで言い回しにちょっと気に食わない点があるとさらにそのことで炎上が続行する。一度イライラすると鎮火しないようにしないようにと次の火種を探し回っては火のないところに煙を立てようとする陰湿さが辛い。なんでスパッと言うこと言って終わらないかなぁ

深夜の追い討ち

午前2時半。妻の説教が終わったと思ったら、今度は3歳になる次女が珍しく起きてきた。「ねむれない」といってふとんに潜り込んできて「おしっこした」と言っておむつ替えをせがみ「おなかすいた」と言って今牛乳とみかんゼリーを優雅に食している。「何でこんな辛い思いしてんだろ」と哀しくなるが、こうやって深夜の子どものわがままに対処している男親なんてそうそういない、なんて立派な父親なのだと自分を奮い立たせて歯を食いしばる。妻は説教のたびに「あんたは父親として自覚が乏しい」と貶めてくるけれど、人格攻撃には屈したくない。子どもが「パパだいすき」と言い続けてくれるのが唯一の心の支え。次女は寝ることなく遊びに移行した。眠いよ…