un deux droit

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口約束

今週のお題「下書き供養」


以前、広島の営業を担当していたことがある。

入社した日も浅く、なんの土地勘もなく、まともな育成も指導もなく1人で放り出された。

マツダ系統の優良顧客は支店長が占有しており、自分の役割は未取引顧客の新規開拓。顧客リストもまともに更新されていない荒れ放題の土地だった。

その中で思い出深い顧客が一つ。地場のゴム製部品の会社だ。

過去誰も行ったことがない顧客だったので最初は直訪。何度かアタックして、資料を置いて、を繰り返しているうちに、ようやく担当者に会ってもらえるようになった。何度か営業をかけて、提案を繰り返すうちに担当者がこう打ち明けた。

「自分はこの提案を気に入っているし、ぜひやりたいと思う。ただ上司が絶対に首を縦に振らないんだ。上司はよそを使わないのがポリシーなんだ。だから彼がいる間、うちが御社と取引することは絶対にない。でも私が昇格した時にはぜひ協力を仰ぎたいから、諦めずにたまにはこうやって顔を出して欲しい。」

20以上年嵩の方からこうも誠実に扱われることに感動してしまった。それ以降もいつか彼が実権を手にした時のために、定期的な訪問と提案を重ねてきた。残念ながら彼が権力を手にする前に私が広島から担当を外れることになってしまい、後任に引き継いだ時も「必ずいつか」と約束を忘れていない旨を念押ししてくれた。

私はその言葉だけで十分だと思った。彼が昇格する保証もないし、昇格したとて様々なしがらみがあって積年の思いを自由に晴らせるわけでもあるまい。自分が真剣に考えた提案を真剣に受け止め評価してくれた人がいる。それだけで自分には財産となったのだ。

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以下、追記。

引き継いでから4年が経過した。

彼は約束を忘れていなかった。

私が提案したプランを忠実になぞりつつ、4年分アップデートした内容で大型発注をかけてきたのだ。現担当者は私から二代後なので、何が起きたのかわからない。私が引き継いだ後任の代でも結局先方の世代交代が行われず、関係も疎遠になっていたのだ。

新人の頃の訪問先が未取引から一躍エリアの中核顧客に躍り出るのは長く営業を続ける醍醐味だなと思う。初代担当しか味わえない特権だ。飛び込み営業なんて辞めてしまえと常々思っているが、そんな新規開拓経験のほぼ唯一の価値かもしれない。