un deux droit

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自分がこう感じたのは100%事実、という理屈は卑怯だろ

まだ細々と結婚生活を続けている。

1か月ほど小康状態が続いていた夫婦関係だが、この土日で久々の噴火。

小言⇒全面受け入れ⇒また小言⇒全面受け入れを繰り返しているうちに、自分の頭のバッテリーが放熱して使い物にならなくなった。

 

「なんでそんなに文句言うんだよ」

 

試合開始&試合終了の合図。

 

文句を言ったこと自体に対する苦情を言えば、収拾つかなくなることは散々経験してきたのに、どうしても我慢できなくなってしまった。

結果、深夜3時まで暴言・罵倒・人格否定・殴る・蹴るのフルコース。

また痣ができた。

碌に眠れず最低な気分で週明けをスタートする羽目に。

 

それにしても、妻はとにかく表題の理屈を使ってくる。

私があなたのせいで傷付いた気持ちになったのは揺るぎのない事実なのだから、そのことについては一切の疑義申し立ては許されず、平謝りすべきというのが彼女の主張。

その傷ついたという事実に客観的な妥当性があるかどうかは一切考慮しません。という態度の一点張りだ。

 

一方私は、そりゃ他人が一緒に暮らしていたら意に沿わないことや思い通りにいかないことは沢山ある。そしてその他人に、自分の傷ついた事実を100%共感してもらうのは不可能。だから何か不快な思いをしたからと言って100%その気持ちに寄り添えっていうのは無茶だ、だから多少は諦めも必要で、100の怒りをぶつけたら反発もしたくなるわ。と考えている。

 

そういうことを言うと、妻は、そんな我慢してまで一緒に暮らすなんてできない、ハイ離婚離婚とすぐ匙を投げる。

 そして舞台は泥仕合へと化す。


妻は言う。

「何でそんなに謝らないの?怒らせたら人は大抵怒らせようと思ってない。だから事象は大概思ってもみないこと。予想外で心外。怒るだろうと想定できていることしか謝れないなら何も謝れないじゃん。てか怒るだろうと思ってあえてやってることがあるならそれはそれで別の救いようのないクズさだけど」

俺は言う。

「何でそんなむやみに謝らせるの?疲れてイライラしてるからって神経質すぎ。お互いパフォーマンス下がってる時にわざわざ波風立てるようなことして何が目的?」


この調子でずっと平行線なのだ。


こうやって書いてみてわかったことがある。

妻は私のことを家族ともチームとも思っていない。

ただの外部業者。

相手の事情や背景は一切考慮せず、ただ期日までに決められた量と質のものを納品しろとだけ言っている。

そこには助け合いもいたわりもカバーもない。

そう言うことを傷の舐め合いとか馴れ合い、家族という病、我慢の強要などと言い捨てる。

なので私も妻のことを顧客として捉え、ドライに付き合うしかない。

そして顧客として振る舞うのなら、こっちだって客を選ぶ権利があるんだ、ということをわかっていただかねばならない。