un deux droit

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雪国生まれの巣篭もり耐性は褒められたもんじゃない

「そういえば地元って1年の半分雪に閉ざされたんだよね。前8月に遊びに行った時、夜寒くて長袖必須でドン引きしたな〜。国から促される前に自然からSTAY HOMEさせられてんじゃん」と南国生まれの妻からいじられた。
確かに幼少期は自宅にいることが多かった。過疎地で近所に子どもがいない上に、無駄に国道が家の近くに通っているもんだから1人でその辺をぶらつくことはほとんどなかった。これは自分の特性だけど、木登りも虫取りも川遊びも砂場遊びも熱心にやらなかった。手や服が汚れるのが嫌だった。(川は地元のとある風土病のために入ることを禁じられていた)そのせいで子どもが生まれてから満足に外遊びをエスコートできずいたたまれない思いをすることが度々ある。花の名前も虫の名前も満足に知らない。コオロギとキリギリスは見分けがつかない。たまに家族行く海も、真夏でも冷たくて長く入れたものじゃなかった。おかげで今も金槌だ。
冬は冬で雪など珍しくもなんともないから雪だるまではしゃいだ記憶がない。そもそも寒すぎて湿気がなく玉が作れない。なので雪合戦もあまりしない。スキーは滑れるが喜んでしたいものではない。スノボの経験はない。そういえば大学に入って都心出身の同級生が雪にはしゃぐのを見て、普通はこういうリアクションなんだなと驚いた記憶がある。無論、その同級生も2週間もすればなんの感動も示さず、1ヶ月とすれば鬱傾向が生まれたのだが。
まぁそんなわけで夏も冬も外遊びの記憶はあまり鮮明でない。監禁慣れしているおかげでこの自粛期間に対するストレスはそれほどでもない。妻の指摘は当たっている。
ちなみに妻の冒頭の指摘は褒め言葉ではない。どんなことでもノータイムで我慢を選び、自分の意見をはっきり言わない、足並みをそろえることだけに必死で自我のない私の生活態度に我慢ならないという悲痛な叫びだ。そういえば小学校の時、先生から「わかる人〜?」と問われても手をあげてはいけない雰囲気があり誰も挙手しないのが普通だった。妻はそんな異常な小学校あるわけないと頭を抱えた。あんたの地元闇が深すぎる、と。
今も地元は緊急事態宣言下にある。おそらく地元民にとってそれは屁でもないはずだ。けれども拘束に対する強すぎる耐性というのは精神の健全性を部分的に損ねていることの証左な気がしてならない。厳しい環境への鈍さが周囲の人間にとって間接的な我慢の強制という毒になるということだ。この異常な事態は本来我慢できるべきでない。我慢しない状態というのは一体どういう感情の発露があるのかわからなくなってしまっている私は、何一つ我慢できない妻が羨ましくて仕方がない。(皮肉)