un deux droit

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隣の芝生は青く見えるようだが、こちらの芝は全て焼き払われたよ

5年ほど前に退社した先輩と久々にオンラインで旧交を温める。一橋大卒のエリートで、出世街道を順調に進み、社長候補と目されていたが、会社の将来に早々に見切りをつけて外資系コンサルファームへと転職。以来、年収1000万を余裕で超える荒稼ぎ生活を謳歌している。
未だ労働者の底辺付近を徘徊している自分と、こうやってたまに言葉をかわす機会を面白がってくれることを嬉しく思う。

さぞかし優雅な暮らしをされているのだろうと思いきや、あまり幸せそうではなかった。平日はほぼ家族と顔を合わせることのない激務。二人いる子どもは自分に懐かない。妻が体調を崩しがちで、突発的なフォローができない。これから子育てにかかる費用を考えたら余裕のある暮らしは望めない、などなど。

先輩は首都圏にマンションを購入しているが、抱えたローンは福岡で共働きをし一軒家を構えた私達夫婦とほぼ同額だった。私の3倍の年収を稼ぐ彼も、安定した稼業ではない。パフォーマンスを発揮するプレッシャーに常に苛まれている。
かたや私は、対して難しくも時間もかからない仕事を適当にさばいて実働2時間余暇6時間みたいなふざけた暮らしをしている。低賃金でも拘束時間の少なさを考えるとほぼ年金暮らし同然。仮に会社が潰れても、これくらいの賃金で雇ってもらえる会社を探すのはそう難しくない、選択肢はたくさんある、と言える状態。二馬力でローンを返すということは、どんぶり勘定で考えれば、ローンの半額分だけ稼げばいいということでもある。子どもは公立ストレートで問題ない地域だし、ストレスも少なくランニングなど身体のメンテナンスを十分にケアできるだけの時間も確保できる。人生を半分降りているようなものだけど、幸福度はたしかに高い気がする。

ただ、先輩が一つ見落としていることがある。しっかり人一人分稼いでくる自立した妻を持つということの大変さを。多くの日本人男性は女性に論破されたり、真っ向から反対意見を述べられることにひどくプライドを傷つけられると思う。でも本当に対等な関係というのは、何一つ思い通りにならないということでもある。独善的に何でも決めてこられた人は、常に意見が折衷案の妥協の産物になることに耐えられない。良い面しかない家庭などない。