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【書評】小田嶋隆『東京四次元紀行』


追悼のつもりで購入したが、純粋に書物として面白くて、ただただハマって、あっという間に読み終えてしまった。
星新一のようなショートショートのようでもあるし、自伝、あるいはエッセイのようでもある。奥田英朗を彷彿とさせるどうしようのない投げやりなバッドエンドの数々。でもどこかクスリと笑えるユーモアがあり、そこが登場人物を妙に生々しく感じさせる。完全に創作の小説にも見えるがあまりに「小田嶋隆」の全面に出た独白も多い。ノンフィクションでもフィクションでもない。一つのジャンルで括ることは不可能。ただただめちゃめちゃおもろい。

でもこの作品は、小田嶋さんの文章をこれまで愛読してきた人にだけ伝わる面白さかもしれない。小田嶋さんが自身の余命を見据えて、長年のファンにだけ楽しめるプレゼントを遺したのかなと思う。あるいは、人に読まれる、原稿にお金を払ってもらうということを一切気にせず「ただただ本当に書きたかった文章」をしたためたらこのようなものになった、ということかもしれない。それくらい良い意味で「整っていない」。でもだからこそ、彼の真髄が随所に現れている。なんて瑞々しい、そして生々しい、力強い、明晰な文章なのだろう。とても余命幾ばくの人間が書いたとは思えない。

亡くなったばかりの人が最期に遺した作品に漲る生命力。それにかえってこちらが活力をもらってしまった。追悼なんかしている場合じゃない。彼は肉体的には滅びて、もう新たな文章を残すことは叶わなくなったけれど、魂は普通に生きている。そんな余韻を感じる一作だった。