un deux droit

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志村正彦という男

肌寒くなってくると、不意に彼の命日を思い出す。

かつて、フジファブリックのボーカルだった男だ。

学生時代の一時期、私は彼の楽曲を中毒のように聴いていた。きっかけは当時好きだった女の子。ちょうど今くらいの冬の時期だったと思う。その女の子の家で、その女の子の友達と3人で宅飲みをしていた。彼女とその友達はすでにどちらもフジファブリックにハマっていて、その日はスカパーで前年のクリスマスライブの収録が放映されていた。宅飲みはそのライブの鑑賞会だったのだ。

私は宅飲みに途中から合流したので、放映はすでに始まっていた。彼らの楽曲で初めて聞いたのは、モノノケハカランダ、だった。

最初はなんてでたらめな進行の曲なんだと面食らった。音程もあってるのか間違ってるのか分かったもんじゃない。この人の歌が上手いのか下手なのかもわからない。とにかく全てが初めての体験だった。彼らは自分が認識する音楽の範疇を大いに逸脱していた。全くナンセンスなようでいて、しかし別に不快ではない。この奇妙な浮遊感を形容する言葉を私は持たなかった。

そのあと、唇のソレとか、追ってけ追ってけとかを聞いては、なんだよこの歌とヒーヒーバカ笑いを繰り返し、帰る頃にはすっかり虜になっていた。彼女からアルバムを借りて、iTunesに落とした以降の私の年末年始はフジファブリック一色だった。あんなカラフルなバンドに染まることを一色と例える語彙のなさに書きながら絶望している。

出会いも唐突であれば別れも唐突だった。私が彼の存在を知ってから彼が死ぬまでわずか2年だった。当時は、もっと彼の生み出す曲を聴いていたかったという喪失感しかなかった。あれからもう間も無く10年が経ち、彼の亡くなった年齢を易々と超えておっさんになってしまった今となっては、全く違う想いに駆られている。志村さん、カッコ良すぎてずるいよ、と。

20代のうちにこの世を去っていった彼は、傑作しか残さなかった。停滞期も倦怠期もない華麗なる短距離走。30を過ぎて仕事のアウトプットが年々ショボくなっていくダサさにまみれた私の目には、完璧に切り取られた志村作品は眩しすぎる。

何度聞いても彼の歌声は鮮度を失わない。これは決して、今も彼は私の心の中で色褪せることなく生き続けています的なノスタルジーではない。再生する度に無表情で自分の真横に立ち、耳元で呟く志村正彦を感じ、その生々しさにゾッとする。もういい加減成仏したらどうっすか。そんな独り言を呟きながらも、ジェットコースターが落下し始めた瞬間の、心臓を握られるようなクセになる気持ち悪さを感じたくて、今日も再生ボタンを押してしまう。こんなことを、赤黄色の金木犀を聴きながら書いている。あーだめだ、ちょっと一人カラオケ行ってくるわ