日本が少子化へと爆走する羽目になった病的な社会構造・文化について、大正から令和までの変遷を丁寧に分析した本。どれほど女性が虐げられ、その時時の社会情勢に振り回され、都合よく利用・搾取されてきたかがとても良くわかる。
基本的には日本男児の有害性について感情的にならずに事実を滾々と並べ立てていく構成になっており、オジサマオジイサマ達はぐうの音も出ない内容となっている。けれどもそういうオジサマオジイサマたちがこの本を手に取ることはないだろうな。彼らには可及的速やかに第一線からフェードアウトしていただくことを望む。
一方で、女性も女性でこの構造を本気で打破することを望むならば、手放さなければならない部分があることにも言及している。具体的には男性に自分以上の能力を望むことだ。この点については、今は男性優位性が強すぎる社会だから問題視される事柄としての優先順位は低いが、公平性が高まってきたときに女性のスタンスもいずれ指さされることを覚悟しなければならない、と述べられている。このあたりのバランス感覚もいいなと思った。
この本のスタンスは基本的に、「どれほど女性が虐げられ続けてきたか、今も虐げられているか」を明らかにすることに力点をおいている。そのため、「どうやって少子化を解消するか=どうやって女性により多くの子どもを産ませるか」という、どうしても女性を道具化するような議論につながってしまう解決策の部分については控えめにならざるを得ない。その中でも「もう一度女性が子どもを産みたくなるような社会」にするためには、という処方箋のささやかさもまた素敵である。産むかどうかは女性の自由である。どんな施策を打ったとて産む気のない人に産むよう強いることもできないし、産まない人を非難することもできない。このあたりの謙虚で丁重なスタンスは女性活躍の施策に関わっている人の多くに欠けていると思うので参考にしてほしいところ。
その上で、自分の感想を述べておくと、それでもやはり少子化の解消は難しい、という悲観的なものであった。自分自身男性の立場で、世の「女性」の平均より多いくらい家事育児に約10年携わってきたが、その頑張りがパートナーとの愛や信頼に繋がる保証もなければ、子どもへの愛情が湧き出る源泉ともならないこともまた知ってしまった。むしろちょっと自分を犠牲にしすぎてやりすぎた感じ。心が摩耗してしまって幸福感を味わえないし、家族を大切にしたい、守りたいという気持ちも切れかかっている。そこを何とかこれまでの慣性と世間体を武器にしのぎ続けている日々だ。
私のように不運にもパートナーの性格に恵まれない人が夫婦関係、子育てに冷めてしまう、飽きてしまい放棄することすらも許されて、後ろ指をさされずにパートナーの解消がてきて、経済生活も破綻しないような社会になれば少子化は解消できるかもしれない。それくらい他人と生活をともにすることはギャンブル要素が強く、そのギャンブルを前提とした婚姻・出産の数が激減しているのは致し方ないように思う。