un deux droit

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僕らはみんな権力格差の呪いにかかっている

今週の仕事はその大半が新規事業のトラブルシューティングに費やされ、残り1日を真面目に勤労する意欲が摩耗しきっている。


トラブルの相手先は某大手金融業。私と同期の執行役員営業部長が鼻息荒く取ってきた仕事だ。最初に聞かされた条件は酷いもので、試験導入という名目で正規の金額からは不当に割り引かれ、標準の業務フローは横暴に歪められ、全てがお客様特別フルカスタマイズ。こんなんやってられるかと匙を投げたが、部長の下についている担当営業が「お客さんがこの仕様じゃないと取引しないって言ってるらしいんです。これの結果次第では他の同業企業にも紹介してやってもいいと思ってるって言われてるみたいで、部長がなんとしても取るって張り切っちゃってるんです。逆にここで融通聞かないと先方の心証が悪くなって他の取引にも影響があるかも。。これをあんどうさんに呑んでもらわないと私どうしたらいいかわかりません。私を助けてください」と懇願してきた。仕方がないので部長に電話すると「同期の誼で協力してくれ、頼む。ここを取れたら役員会での印象もぐっと代わるし、お前の新規事業に箔がつくことは間違いないんだ。役員会では俺からも強く成果のアピールをしておくから、このとおりだ」と池井戸潤のドラマじみた三文芝居を聞かされて、今回限りということで付き合うことにした。

そしてサービス提供開始1週目。さっそく先方から営業担当者に「想定した仕様と異なる」とクレーム。事務局まわりの動きが期待したものと違ったらしい。先方の期待した通りに動くという動線は契約の段階で交わされていない内容で、先方の頭の中で勝手にこしらえた妄想にすぎない。しかもその妄想がかなりの工数を割くもので、流石にそれは無償では無理だと突っぱねた。担当営業がメッセンジャーになり、「じゃあこれはできる?」「それもムリ」「じゃあこうなら?」「それもムリ」という不毛な交渉を何往復か重ねる。すると先方がしびれを切らして「埒が明かない」「責任者を出せ」と言ってきた。こちらも無理難題ばかり後出しで言ってくる先方担当者にいい加減辟易していたので、直接対決を受け入れ、言われた電話番号をコールした。

電話がつながると、先方は開口一番「おたくのロジ周りどうなってんすか」と喧嘩腰。一通り言い分を聴いたうえでこう切り返す。

「申し訳ありません、この点は御社の要望に合わせて標準仕様と大きく異なるフローを組みましたために起こる不具合で、標準仕様だと起きないことです。標準仕様と御社の希望する仕様を比較すると、この問題があえて発生するような仕様を御社がわざわざ選択したと認識しています。メーカーの推奨していない使用方法を選んでおいて、それが壊れたら保証しろとか、壊れないようにメンテナンスに張り付いていろいうのは流石に対応いたしかねますが」

すると先方から意外な回答が来る。

「え、そしたら他の会社さんって通常どうやって運用してるんすか??」


私は言っている言葉の意味がわからず、数秒固まったが、「通常の流れはこうで、だからこの問題は構造的に発生しなくて、だからそこに対するバックアップの体制は置いていないんです」とモゴモゴと伝える。「ふーーー、、」と先方が長い溜息。電話越しに、先方の頭の抱える様子が伺える。

「いや、それ、初耳です。あ~、もうコレで全て理解しました。はいはい。道理でずーっと話噛み合わないわけですね。御社の標準の仕組みがそれなら、今までこちらが言ってきたことめちゃくちゃめんどくさいこと言ってますよね。だってここの流れ通常と正反対ですもんね。そちらが言っていることは何も間違ってません。はい、はい、そうですよね、それならこっちの求める仕様は要らないですもんね。うー、えーと、でも何でそれ最初に教えてくれなかったんですかね。うちらは別にそのフローで良かったですけど。」



精神崩壊。



「すみません……私の手元の情報では、御社が強く希望したからこうなったとばっかり。」

「まぁ何にも知らない段階でこういう感じでできる?って言ったは言ったすけど。。あー、あのやり取りそう受け取っちゃったんすね、むずいなー。いや、すみません、なんかこっちすごい圧力かけてる感じて伝わってません?」

「あー、まぁ、そうですね、はい、M社さんへの紹介の話も頂いてましたので」

「あーそうだよね、そう受け取っちゃいますよね。いやあれは純粋にМ社さんもこういう施策やりたいなって言ってたよってだけの話で、ただうちも会社の看板背負ってるので、自分たちが試してもいないうちに軽々には紹介できないので、まずは紹介して大丈夫なものかしっかり確かめたいっていう本当にそのまんまの意味で。。ほら、М社さんもウチから紹介されたら付き合いもあるんで無碍にできないじゃない。結果彼らの利益に繋がらないものを押し付けた形になっちゃったらギクシャクするんでね、こういうことは慎重にっていうだけの話でね。…あー、はいこれは私が全面的に悪いです。契約前のタイミングで言う話じゃなかったです。私がМ社さんの紹介を交換条件に無理を聞かせるという話じゃないんです。わかりますよね?うちに合って契約継続してもМ社さんに合わないと思ったら紹介しないし、うちに合わなくて契約切れてもМ社さんに合うと思ったら紹介しますし。それぞれ別個の話でね。いやでも、はい、かえってご迷惑でしたねすみません。……ここ3日近く、無駄な時間でしたね。」

「はい、いや、いえ、こちらこそ、弊社にとって御社は雲の上の存在なので、ちょっとメッセージの解釈が歪んでしまいました。申し訳ないです。」

「私自身はフランクでフラットな関係でいたいと思ってますし、それはこれからもそうなんですけど、大前提の部分は私ももっと配慮しなきゃですね」

「はい、今後とも引き続きよろしくお願いします。」

「お世話になりますお疲れ様でしたー」






なんだか身分違いの恋みたいな話だった。






昔、山口周さんの話を聞いて「権力較差指標(ホフステッド指数)」というモノを知った。この指数は、目上の人に対して意見することに抵抗を感じる度合いのことだ。この指数は日本を含め儒教圏の国民に強く現れるのだそうだ。
dhbr.diamond.jp

この一連の顛末を終え、何年かぶりにこの指数のことを思い出した。大企業と零細企業の権力格差。そして、部長と平社員の権力格差。権力格差の2乗で歪みきった世界線を解きほぐすことは、権力格差の呪いのかかった人間には一生解くことができない。当事者のどちらか片方が呪われていたらアウト。すべての言動を権力格差のフィルターを通して解釈するので、まっすぐに伝わることはない。まるで、非科学的な迷信を頑なに信じている閉鎖的な村落社会のようだ。「この一連の出来事は何かの吉兆に違いない」「この出来事は縁起が悪いからしばらくおとなしくしておこう」「これはあのふるまいの祟りだ」などなど。関係のない出来事を勝手に因果関係で紐づけて、それを疑わない。呪いAと呪いBと呪いCに呪われた人たちで泥水の浴びせ合いなんかをした日には始末に負えない。当事者の誰一人として真実を語っていないのだから。全員が嘘つきで、勝者の存在しない地獄の人狼。

この問題を解決するには呪いのかかっていない者どうして話をつけるしかない。幸いにして先方担当者と私の双方が呪いにかかっていなかったので者の数分の電話で片が付いた。先方担当者を悪魔だと信じて疑わない当社社員は私のことを悪魔祓いと崇めた。いや、だからその認識のせいで拗れたんだって。。私は悪魔払いでも除霊師でも呪術師でもない。だから彼らが取り付いている考えをお祓いすることもできない。さらには厄介なことに同じ呪いAに取りつかれているため、同じ呪いに取りつかれているもの同士は話が通じ合ってしまう。だから呪われていることに気が付けない。で、時折出会う、呪いに取りつかれていない人間を悪魔とみなす。本当にかつては業者たたきが趣味みたいな大手企業のおっさんが跳梁跋扈していたのだろうから、彼らの呪いが簡単に解けないのは仕方がない。業者たたきを意識的にやっていたおっさんとたたかれていた業者は、事実認識がともに一致していたという意味においてコミュニケーションに齟齬がなかったのだから。「呪う側」だった大手企業様がコンプラを意識して呪う行為をやめた(呪う人間を早期退職させた)としても、呪われた側は変わらず生ける屍として妄想の世界を生きている。自分だって完全に呪いが解けているかはよくわからない。儒教の影響を色濃く受けた義務教育を満期で食らってきたのだから。はてさて、「フランクでフラット」な世界の到来はいつになることやら。