un deux droit

このブログには説明が書かれていません。

結婚相手に求める唯一の条件

妻は頭が悪い。
もう、そう思うことにした。
自分とは異なる視点、感性、価値観を尊重できない。
自分に非があっても決して謝れない。どれほど妻が形勢不利な状態にあっても、「そんな私と結婚したあんたが悪い」という最強カードを躊躇なく切ってくる。「自分は決して悪くない」と妻が宣言する以上、何か家族間であったトラブルを収束させるには妻以外の誰かが責任を引き取らなくてはならない。こんな不公平な話があるだろうか。自分を正当化するためならば、どれほど周囲に無茶な責任を押し付けてもいささかの痛痒も感じない。
過剰に責任を負わされ反省させられる周囲は、自己肯定感を無闇に毀損するハメになるし、大切にされていると感じない。当然、子どもにその責は重すぎるので、家族内で起きたトラブルの責任は全て私が悪いという話に帰着する。
こんな構造さすがにおかしいよね、と思うけれど、おかしいと思うためには最低限の知力が必要である。その知力が妻には欠けている。これはもはや端的に言って馬鹿としか言いようがない。
私が傷つくのは妻が自分と同等の知力を持っているという前提で過ごしているからだ。話の通じない馬鹿と暮らしていると思えば気にする必要はない。ただとてつもなく虚しいし、そういう人をパートナーに選んでしまった自分の見る目のなさを悔いるより他ない。

それにしても、妻の知性というのは本当に分かりにくかったなぁ。一部上場企業管理職、海外大卒、TOEIC満点、PCスキルも多種多彩。履歴書に書ける派手なスペックは持っているのだけれど、部下をめちゃくちゃ退職させている超絶ブラック上司であることを甘く見ていた。まぁそれは結婚してから知ったのだが。他人を一個の人格として自分と同等に扱えない人はどれだけ仕事ができても上司にしちゃいけないし、結婚相手にしちゃいけない。

馬鹿は馬鹿ゆえに、他人にどこまでも残酷になれる。