キオクシアの株が空前の高値をつけている。時価総額が遂にトヨタを上回った。
賃上げ分を帳消し以下にする円安・物価高を背景として、私の周りでも投資・資産運用ブームが始まっている。ケチな経営者の匙加減で決まる雀の涙の賃上げよりも、機械的に払い戻される運用益のほうが信用に足るという気持ちもわからないでもない。
しかし、たとえ今投資家が着実に資産を増やしているのだとしても、あこがれるような対象でないし、あこがれるべきでないと思っている。投資家恐るるに足らず、とそれぞれがそれぞれの人生と仕事に誇りを持ってまい進してほしいのだ。
投資家の日常を想像してみたら、大して羨ましくもないことがすぐにわかる。
なるほど彼らは運用益を背景に高額なブランド物に身を固め、高級なマンションに住んでいるだろう。みんなが働いている時間に働かなくて良いので、ミュージカルでも見に行ったり、高級なレストランに舌鼓を打ったり、スポーツのプラチナチケットを入手して高みの見分でもするのだろう。
購入購入購入。鑑賞鑑賞鑑賞。
お気づきだろうか。
投資家はどこまで行っても消費者であり、観客なのだ。
決して何も作らないし、舞台に上がらない。
舞台に上がる人間を遠巻きに眺めることしかしない。
社会において、徹底的に脇役なのだ。
直接的な価値や意味をもたらさない。
だから私は何とも思わない。
舞台に上がるだけなら実はそんなに金はかからない。そのかわり時間がかかる。多少のいい道具を買って、あとはひたすら練習だ。そして市民の文化祭かなんかにエントリーすればいいのだ。これも大してお金はかからない。数千円の世界だ。
けれど、消費者であり観客である限りは、永久的に高い金を支払い続けないと満足を得られない。そんな憐れな存在なのだ。
そんな理由から、数千万投資で稼ぐ人よりも、数千円の道具を買って、数千円支払って舞台に上がる人のことを、私は尊敬する。
自分がやっている事業も同じ考えでやっている。
プレイヤーにあたる、直接価値を提供している人間に報酬の7割5分が行くような設計をしている。これは業界的には破格の条件だ。いいとこ3割、下手したら1割しかプレイヤーに払っていないような業者がザラにある。裏返すと9割を胴元がせしめている計算だ。
こんな不均衡でも業界が潰れないのが不思議だが、人が育っていない、離脱しているという厳しい現実はある。業界として成長していないのは胴元が搾取しすぎているからに違いない。自分の業界が社会もたらす価値を向上させることよりも自分の私腹を肥やすことをやめられない。そんな人間が業界を牛耳っている。ここに風穴を開けてやりたい。キオクシアの従業員よりキオクシアの株主のほうが経済的に豊かになる社会なんかクソくらえだ。実質的な価値を生んでいる人間が、正当な報酬を得る社会を作りたい。
そんなわけで、私は高楊枝を咥えて気前よく報酬を吐き出している。利益を残さないから会社からも評価されず、自分の賃金はずっと据え置きなんだけど、これが社会の正しいあり方だと信じているので潰されるまで続けようと思っている。