いまいましい暑さに覆われた月曜の朝。JRの改札を抜ける時に、カサッという音がして何かを蹴った感触があった。足元には折り畳んだ1000円札。厄介なものに出会したなと思いつつ、気づいた以上放っておくわけにもいかないので、窓口の隅に置いておいた。不思議なもので、正当な報酬として受け取ったものでないと、同じ千円札でも呪いのお札のように忌々しいものに見える。
しばらく改札脇のベンチで涼んでると、80代くらいのおばあちゃんが「1000円落とした」と通りがかりの女子高生に話しかけていた。「切符を買うときに落としてもうた」と恨み節をこぼしていたが、無関係の女子高生はなんと応答して良いやら当惑していた。
「さっき1000円札落ちてましたよ」
私はおばあちゃんに声をかけ、改札横の窓口に置いた1000円札を手渡した。この1000円が彼女のものという証拠はないのだが、この短時間に同じ場所で1000円落とすような人と「1000円落とした」と主張する人が別々で現れる確率の方が低い。とはいえ無関係の第三者である私が、遺失物の行く末を勝手に采配する居心地の悪さもある。
1000円落とした気になっているおばあちゃんもお金が帰ってきて嬉しいし、女子高生も話が切り上げられて助かるし、JR職員も遺失物として処理する手間も省けた。自分が公務員だったなら、もっと杓子定規に対応しないと行けないのだろうけど、市井の作法としてはこれくらいのおせっかいが許容されるいい加減さは必要だよなと自分に言い聞かせる。