私は作業者の立場から解き放たれたかった。
ついこの前までは、誰かが作ったサービスや商品を提案し契約し納品するという流通作業をひたすらやっていた。サービスや商品を紹介する資料を作り、問い合わせの電話を取り、テンプレの営業トークを再生し、見積書類を作り、金額や仕様の交渉をし、発注書、納品書、請求書の作成と続いていく。紙を生成して会話して紙を生成するの繰り返し。それをいかに効率良く捌くかのゲームになっていって私は急に虚しくなった。
それか嫌で、自分で事業を立案し、それを世に放つという企画の仕事に手を出したのだった。自分なりには上流工程をやってるぜといい気になっていた。
しかし、上流工程を気取っていられたのは企画立案のときまでで、いざそれを事業として回し始めると、私がやらなければならないことは、やっぱりサービスや商品を紹介する資料を作り、問い合わせの電話を取り、テンプレの営業トークを再生し、見積書類を作り、金額や仕様の交渉をし、発注書、納品書、請求書の作成をしていくことだった。さらには自分で始めたことなので、まだスタッフも十分にあてがわれておらず、分業て切ることは少ないし、不具合の問い合わせ一次請けとその対処というさらなる作業項目が増えてより作業者感が増している。
やりたくないことを避けようとして始めたことが、よりやりたくないことの濃度を増してしまって、より勤勉な作業者へとフォルムチェンジを遂げた。そんな馬鹿馬鹿しい話。自分が今やっている手作業が機械化され自動化される日を夢見て、明日もまた作業者としての宿命を背負って出かけてゆく。