un deux droit

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「ちょうどいい」寿司屋がそこにある~福岡県大野城市「寿司こばやし」(再掲)

きっかけは、商工会主催の秋祭りだった。

焼き鳥、焼きそば、かき氷…と定番の屋台が所狭しと立ち並ぶ中、一軒だけ異彩を放つ店があった。

「…寿司の屋台だと??」

秋とはいえ残暑厳しい屋外でナマモノを販売する剛毅さに心惹かれた。店頭には大ぶりの鉄火巻6巻パック500円也が、金塊のごとくうず高く積まれていた。鉄火巻きに目がない私は、赤身の放つ煌めきに抗うことができず、思わず手にとってしまった。
飲食ブースに着席したのち、子どもたちがフランクフルトに競ってかぶりつくのをよそ目に、密かに鉄火巻の詰まった容器を開けた。私にはルビーの詰まった宝石箱のように映った。






「うめぇ…」



味の濃いジャンクなものを食べ尽くす覚悟で訪れた祭りに、突如として現れたまさかの清涼剤。これ本気のやつやん…500円でいいのか…神よ…幸いにして鉄火巻には家族の誰も箸を伸ばさず、肉を頬張り続けていたので、このご馳走を私一人で心安らかに堪能することができた。家族も私が肉の取り分を辞退したためwin-winになっていた。
食べ終わってふと先ほどの店を眺めると、金塊はものの30分で跡形もなく消え去っていた。だよね。地下ライブへ急にプロが来たようなもんだろう。さぞかし地元民のみぞ知る隠れた名店に違いないと思い、今度一人で実際の店舗を訪れてみようと心に誓った。


数ヶ月後、発作のようにあの鉄火巻が食べたくなり、わざわざお店まで車を走らせた。幹線道路から脇にそれ、人気のない坂道を登ったところに…廃屋めいた建物が一つ。「これ営業してるのかな…」暖簾はかかっているようだが、その建屋の物々しい佇まいに、暖簾を潜る勇気がどうしても湧かない。ランチタイムど真ん中だったのに車は他になく、これから他に来る気配もない。あの夢のような鉄火巻は本当にこの店から誕生したのだろうか?それともあの日の出来事は猛暑に浮かされた幻だったのか…私はしばらく立ち往生したのち、お腹は空いていたが引き返すことにした。また来年、あの秋祭りで会えるさ。。と自分を慰めながら幹線道路に戻り、入り慣れたチェーン店で腹を満たした。


そして次の年の秋。あの秋祭りはコロナ禍で開催中止になった。鉄火巻と再会を果たすには、直接現地に乗り込むしか方法がなくなってしまった。私は悩み抜いた結果、もう一度訪れる覚悟を決めた。ひょっとすると、あの店の佇まいだし、このコロナ禍を受けて早晩閉店してしまうかもしれない。そうなってしまっては悔やみきれない。私は勇気を振り絞り、車のエンジンを吹かせた。
寿司屋はその日も開店していた。暖簾が出ている。しかし今日も駐車する車はない。えぇい、ここまできたんだ。今更引き返せるか。それにしても冷静に見ると入り口が二つある。何のために…?しばらく右往左往したのち、右側の暖簾をくぐった。


「いらっしゃい」

朴訥とした大将が声をかけてくれる。誰もいないカウンターにおずおずと腰掛けて、気まずさを隠すようにメニューを見る。すると、上、中、並といったオーソドックスなものの他にランチセットがあり、寿司定食には握り6巻、茶碗蒸し、吸い物、デザートに、夢にまで見た鉄火巻が付いてくることが判明した。あの時のルビーだ!やっぱりこの店だ!これで1,000円(税別)!!入店時の気まずさなど既に興奮で吹っ飛んでしまい、勢い込んで寿司定食を注文した。

ドキドキしながら待っていると、握りが出てきた。おお、握りも堂々たる体躯。間をおかず、例の鉄火巻が惜しげもなく登場した。

はいドーン
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いやぁね、美味いのは知ってたから、もうただ感動です。この近寄りがたいダンジョンめいた雰囲気は、レアマテリアありまっせっていうフリでしたわ。


以来、定期的にランチに通っている。1000円ぽっちじゃ足しにならないけれど、少しでも長くお店を続けてほしいという応援の気持ちもあってのことだ。
そんな身勝手な「推し」の気持ちで昨日もお店に顔を出した。するといつもと違って駐車場が混み混みである。ラストひと枠になんとか停めると、寿司桶2段を持ち帰る客と入れ違う。私より先に入った小さい子連れの家族が、特上2人前と一品料理を数点頼んでいる。なんだ繁盛してるじゃないか。自分の勝手な心配が杞憂だったかと自嘲しつつも、背中越しに聞こえる、寿司に感動する子どもの嬌声を我が事のように歓びながら、またいつもの鉄火巻を頬張ったのだった。


あれからうちの子どもも大きくなり、マグロも食べてくれるようになった。今度秋祭りがあれば今度こそ子どもにも分けてあげよう。なかなかコロナが治まらず、2年連続で秋祭りは中止になってしまった。きっと今年の秋こそはまた祭りの出店で出会えると勝手に期待している。




…それにしても、左の入り口、あれは一体なんなのか。未だに謎は解明されていない。




「推し」のキャンペーンで記事を取り上げてくれたんだけど、運営さん今回の記事と取り替えてくれないかなぁ…と図々しい願いをひっそりと書いておく。

↓これ
un-deux-droit.hatenablog.com

福岡県民の皆様は国道3号線を福岡市内から太宰府方面に向かう際、左手にありますので、是非とも一度お立ち寄りくださいませませ!
みんなで町の寿司屋を応援しよう!

弓削聞平さんが出版した「福岡 気軽で楽しい 町の寿司屋」には掲載されてなかったから、是非パート2出版の際は取材いただきたい。

s.tabelog.com



↓前回の記事
un-deux-droit.hatenablog.com

特別お題「わたしの推し