un deux droit

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当てにならない見た目の固定観念

「あんた酒飲むかね」

昼過ぎに近所のスーパーで夕飯の買い出しを終えて自転車に跨った時、そう後ろから声をかけられた。

なんの脈絡もない話だったので、きっと私に宛てた会話じゃなかったのだろうと走り去ろうとすると「酒は飲むんかい」と念押しされた。これは完全に私をロックオンしている。観念して振り返ると60過ぎに見えるおっさんがこっちを向いて立っていた。どうやら彼は大型トラックの運転手で、スーパーに卸すビールや酎ハイの荷下ろしをしていたようだ。

「いや、飲まないですけど」

真面目に応対したのがまずかった。会話を続けることを了承したと思われたのか、そこからおっさんの話が止めどなく続いた。最近は酒の発注量が多いということ、うちの会社の若いやつは全員酒飲みだということ。会社は100人くらいいるが下戸はおっさんは含めて3人しかいないということ。おっさんはタバコのクチだということ。それにしてもよく酒の注文が出るとあうこと。こちらの話などろくに聞かずにペラペラと言いたいことを言っている。

「お前さんはバイトかフリーターかい」

なるほど合点がいった。どうやらこのおっさん、平日にフラついている私のことを定職のないやつだと決め込んでいたらしい。

「えーと会社員です」

数秒沈黙があったが、またおっさんのしたい話をし始めた。運送業界の不景気。バブルの頃の最高月収。頭もそこそこ使えて体にも自信があったが体を使う仕事を選んだこと。最近の若者の根性の無さ。すぐ辞める腰の座らなさ。ネカフェを常宿にして満足している了見の狭さ。話を聞いているとどうも私のことを20代前半、高卒、定職なし、という設定で話を進めている様子だ。徹夜でゲームでもして昼夜逆転している生活破綻者とでも思われたのかもしれない。酒の話もひょっとしたら今から寝酒でも飲むような輩だと思ったということか。

「彼女はいるのか」

また唐突に話が切り替わった。

「あー、えーと妻と子どもがいます」

またしばらくの沈黙があった。彼の脳は都合の悪いことをシャットアウトした。単に私が去勢を張って嘘をついていると思ったのかもしれない。私が独り者の前提で女とは如何なる生物かと講釈を垂れ、自分が関わってきた女性とのエピソードの数々、おまけに自分があんたと同じくらいの時(つまり20代前半)、借金で首が回らなくて自己破産し、その時の世話を大卒の女性に焼いてもらったなどという初対面の人に言うもんでもない話まで飛び出してきた。

web会議での商談時刻が迫っていたので「体に気をつけて」とエールを送り自転車を進めた。上半身だけスーツに着替え、眼鏡をビジネス用に掛け替え、髪をセットしてweb会議に入室したのはおっさんを引き離してから15分後のこと。福岡の地から名古屋の後輩の営業をサポートし、100万単位の商談を30分でクロージング。たぶんおっさんとそう変わらない程度の安月給ではあるけれども、おっさんにこの一連の早替わりを見せたかったなと自分でも先程の自分とのギャップを小気味良く感じる。テレワークが当たり前になって、服装や行動形跡だけでは誰がどんな生活・仕事をしているか見当が付かなくなった。マスクが当たり前になりぱっと見では年齢もよくわからない。そういう型のない時代になって生きやすいなと感じている。

それにしても私服だとそんな高卒出たてのニートに見えるらしいのでもう少し身なりには気をつけよう。