un deux droit

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薄墨

23時台のランニングが好きだ。

街から人が消え、自分の足音と息遣いだけが響く。そんな夜更けに、音楽も聴かずに黙々と走る。

家の近所には一周2km強の巨大な溜池があり、その周囲がランニングコースになっている。自宅から池までの間に高低差がかなりあるので、普段遣いはしていない。ただ昨日は仕事の大きな山場を乗り越え、加えて妻から1時間ほどの説教があってメンタルがぐちゃぐちゃになったので、自傷行為的に厳しい池コースを走りたくなった。

家から2kmほど走って池に着くと、ろくに街灯のない中で見る池は巨大な空洞に見える。傷んだ心で走る身には、暗い死の魅惑がある。ランニングコースが池の方に緩やかに傾斜していて、気を確かにしていないと危うく吸い込まれそうになる。そうやって心許なくふらつきながら池を周回してゆく。

道中、私がこのコースで一番気に入っている場所に差し掛かる。池を縦長に俯瞰できるポイントで、月明かりの関係で水面が薄ぼんやりと白く光る。対岸に小高い丘が続くせいで、暗がりの中では水面が雲海のように見え、それが視界の奥まで続いていく。標高の高い切り立った崖の縁を走っているような、そんな幻想的な光景に見とれる。そして、俗世から切り離され、世界に1人だけになったような孤独に浸り、陶酔しているうちに、心のささくれが宥められてゆく。このままくずおれて、死んでしまえたら楽だなあと思いつつ、当面健康な体は無慈悲に走り続け、やがて住宅街が視界に入って現実に引き戻される。

また今日も生きながらえてしまったなあと思いながら、家に着き、湯船に浸かる。また深く落ち込む日があったら、死の底を覗き込みに行きたい。