un deux droit

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餅つきでムチ打ち

昨日は町内会の餅つき大会。子ども会で父親の餅つきのボランティアを募集していたので参加を申し込む。

会場につくと役員のおじちゃんおばあちゃんがそっせと炭をおこし、もち米を炊いていた。ボランティアは5名。それぞれ自己紹介すると子どもの保育園が一緒だったり、ハウスメーカーが一緒だったりでひとしきり盛り上がる。おお、地域に馴染めてる俺。

おばあちゃんからハッピを渡され、袖を通してスタンバイする。冬に餅つきをする風習が地元の地域にはなかったのでほぼ初体験。炊飯担当のおばあちゃんが炊きあがった米を臼に落とす。餅つきの補助をするおじいさんが手際よく整形して、まずは潰すところからだと言ってグリグリと杵の先端ですり潰していく。見様見真似でやってみる。腰が入っていないとハッパをかけられる。定期的に熱湯で杵を湿らせくっつくのを防ぐ。水ではなくて熱湯なのはもち米を冷まさないためらしい。次第に米の粒がなくなってくるといよいよ餅つき。ついた瞬間に少しだけ手前に杵を引いて、餅を「切る」ようにつくのだと教わる。おじいちゃんが手本を見せる。80過ぎに見えるおじいちゃんがさして力もかかっていないように見えるのに、パーン、と気持ちのいい破裂音が広場に響く。それと較べると父親たちのそれはペチャン、ペチャン、といった音に聞こえる。これが幼少期から餅をついてきたという経験地の差か、と感動する。

なんとかつき上がると休むまもなく次のもち米が仕上がる。補助のおじいさんが臼に熱湯をかけ、こびりついた餅のカスをヘラでこそぎ落とし、お湯を柄杓で掬って捨て、新しいもち米を迎え入れる。うーん、エレガント。工場のラインに組み込まれたような気分。もっと牧歌的な催しかと思いきや、めちゃくちゃ労働だった。𦥑2つでもち米30釜分くらいを3時間休みなしにつき続けた。後工程のおばあちゃんたちも手早く餅を裁断し、粉をつけて丸く整形し、小分けの袋に入れていく。その姿にお母さんたちが一生懸命ついていく。男は男、女は女でそれぞれ技術が地域内で継承されている様を見て少し感動。

途中県議や市議のおじさんが作業着で来て、餅つきのパフォーマンスをしていったのたが、またその様がカッコ良かった。ヨイショとかではなく皆思わず拍手した。ご苦労さまですと父親たちに声をかけて足早に去っていったのだが、皆とても精悍な顔つきと肉体で、これが地元の名士というやつか、とこれまた関心。隣町に住んでいたときの餅つき大会では腹の出たどちらかというと悪徳な感じの市議がスーツにジャンパーを羽織って高みの見物をしていたのだが、歴史ある町の議員というのは口がたつだけではなく、一発で人からの敬意を集められるカリスマ性が必要なのだなと思った。


そんなこんなで昼過ぎに餅つき大会は終了。ずっと餅つきの補助をして献身的に指導してくれたおじいさんが最後挨拶に来た。この人が町内会長だった。この街は偉い立場の人が偉そうに振る舞わず一番働くなぁと感動。「この街を活気づけてくれてありがとう。婆さん方も若い衆が町内の催しに参加してくれたことを喜んでいた、子どもたちも例年より参加者数も参加意欲もあり、新旧よく入り混じった催しとなった。今後も色々顔を足してくださいな」と労ってもらった。うん、この街の人は皆働き者で嫌な人もおらず気持ちが良い。いい街に引っ越せたなぁと嬉しく思う。


そして今日は全身筋肉痛で腱鞘炎で少し熱もある。何度も杵でついた振動のせいか頭がガンガンする。こんなに身体を酷使したのも久々。よく機能した組織は人のパフォーマンスを限界以上に引き出すということを全身で実感。今日は休養に当てる。