un deux droit

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重用した人間を切ることの難しさ

しばらくブログを休んでいた間、社内のグループウェアで1人気焔を吐いていた。
詳細は前回書いたが、勤務先が6月から在宅勤務の条件を制限しようとしていた。私は冷笑しながら無視を決め込もうとしたが、社員の1人が全社の掲示板で経営陣に向かって施策の愚かさをこきおろしてしまった。やり方は青臭いが、内容には筋が通っていた。社員を代表して率直な声を上げてくれたことに対するささやかなイイネが書き込みに集まりはじめた。その機運を察知してか、経営側から流れに冷や水を浴びせる淡白な回答が返ってきた。在宅勤務が増えてコミュニケーションが取りにくく困っている人がいるだの、オフィスの雑務が出社する人に偏るだの、おおよそ在宅勤務の利便性に論駁できるとは思いがたいチープな反論で火消しをしようと試みてきた。その手抜きなやり口があまりに社員を舐め腐っていたので、私は思わず行動に出た。このタイプは反論しても論点をずらしてくるので争わず、一語一語丁寧に根拠のない思い込みや願望の部分を指摘し、改めてその結論に至った根拠の提示を求めたのだ。
すると管理職含め社員の半分から賛同のイイネが集まり、社内にちょっとしたさざなみが起こった。流石にあんどうの指摘した点にはぐうの音も出ない、経営側はこの敗戦濃厚な局面をどう切り返してくるのか、皆が固唾を飲んで経営陣の回答が更新される時を待った。
するとしばらくして、経営陣ではない別の部長がスレッドを更新した。このスレッドは通達の場で議論の場ではない。大切な通達が流れちゃうから書き込みをやめて!という内容のものだ。こいつ、論点をずらして経営陣を庇いにきやがった。私の指摘に対して内容については争触れず、指摘する場の不適切さを攻めてきたのだ。
私はその上から反論をねじ伏せようとする居丈高な態度が鼻につき、標的をその部長に変えた。部長がなぜ闊達な議論を避けるのか、どういう意見交換の場が用意されるべきと考えているのか、ついでに余計な中傷表現があったので、その真意についても回答を求めた。部長は自分に真っ向から歯向かってくる人間がいると想定していなかったのか、急に歯切れの悪い回答を重ねた。日頃から人望の薄い部長の不明瞭な回答を見た社員達は、ここが攻め時と捉えたのか日頃の鬱憤を晴らすべくネチネチと部長の回答の幅をつつき始めた。批判耐性が激弱な部長は本筋とは関係ない人格攻撃で反論し始めた。普段穏やかな仮面を被った部長の豹変ぶりに、本性を知らなかった新入社員が慄いた。
私としてはいけすかない部長の化けの皮を剥ぎ、下劣な本性を白日の元に晒せただけで満足だったのだが、さらに愉快なことに社長がついに降臨し、俺の施策に文句があるのかと手当たり次第に凄んできた。掲示板は蜘蛛の子を散らすかのように過疎化した。社長が冷静に公平な目で部長と社員のどちらに非があるかを判断する能力がなく、自分の子飼いの部長を盲目的に庇うどうしようもない奴だ、ということまで明るみになってしまった。私としては2、3の書き込みだけでこの会社のガン2名のペテンを手際よく暴けたので非常に費用対効果の良いやりとりだった。
ついでに後日談を言うと、組合が部長社長の大人気ない態度を問題視し労使協議で取り上げると、社長がまたご乱心になり、専務が代わりに頭を下げて、なぜか組合側の要求を丸呑みして在宅勤務が全面解禁になってしまった。

と、長々と先週の顛末を書いたが、今日少し時間が空いて冷静に振り返ってみた。社長の肩を持つわけではないが、自分の重用している直属の部下が批判にさらされた時、客観的に事情を汲み、部下に処分寄りの判定を下すのはそう簡単ではないなということを思った。
自分のこれまで何度か組織を束ねたことがあるが、自分の側近が批判にさらされた経験は無い。なので仮に側近が批判され、それが側近の落ち度だった場合を想定した時、容赦なく厳正な処分を下せるという絶対的な自信は私にはない。過去に自分が率いた組織の実際の副官の顔を思い浮かると、まさかこいつがそんなことをやらかすはずがない、と事実の方を否定してしまいたくなるだろう。
そう考えると社長の見苦しい立ち回りは極めて凡庸なことであり、残念ではあるが致し方ないとも思えてくる。
泣いて馬謖を斬ることができる人間などほとんどいない。凡人宰相に馬謖を斬らせるためにはどんな介錯の仕方があるのか。社長を素材としてこれから探求していきたいと思う。