un deux droit

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家庭内職業訓練所

時間が経つのが引くほど早い。前回のブログからはや1週間。このまま放置すると全く書かなくなりそうなので、書くことを目的にして書く。

前回の離婚騒動からほとぼりが冷めて、また変わらぬ日常を取り戻している。


妻はこんな話をした。

「私があなたに言っている苦言は、あなたの周囲の人間が5年後にあなたに対して不快と感じる要素だ。今は私しかそれを不快と訴える人はいないかもしれない。だからこそ、あなたは私の主張を不当と感じ憤るのだろう。けれどももし私の指摘する欠点を改善せずに5年経てば、その欠点があなたの周囲を不快にし始める。そして周囲の人間は他人なので、あなたに改善を訴えることはなく、あなたを遠ざけるだけだ。そうしてあなたは日常の人間関係が何となくうまくいかなくなり始め、その原因に気づける機会もないままどんどん悪循環に陥るだろう。そんな未来が嫌なら黙って私の言うことを聞いておけ。家族しかそんなことを指摘してくれる人はいないのだから」


要約すると、妻は5年後の未来から来た人間で、私を5年後でも通用する人間でいられるように先んじてアップデートを促し続けてくれる存在らしい。常に先々を読んで、まだ必要だとわからない段階でアップデートを始めておく。そのアップデートがちょうど必要になる頃には完了しているようにしておけば、常に時代に乗り遅れないで済む。アップデートが必要と感じるような事態に陥った時は、すでに手遅れで、もう周囲が私を見限り始める。そういう隙を与えないことが肝要である。こうして私は常に波に乗りつつ、現時点で自分が必要と感じていない改善を、納得感のないまま進めているという人生を歩むということのようだ。家庭というよりは職業訓練校に近い。生活は金銭的に安定するだろうが、心が満たされることはない。これ鎌幸せな人生と呼べる代物なのかは今の私には判断がつかない。