un deux droit

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病めるときも健やかなるときも独り

妻が生理前ということで定例説教タイム。今回は午前3時まで続く。頭がぼんやりする。

妻に言われてぐうの音も出なかったのは、私は妻に不快な思いをさせないように細心の注意を払っているが、妻を幸せにするために生活してはいないということ。不快の除去をいくらやっても快適の創出にはならない。私が妻を不快にさせないようにしているのは妻が怒りだすケースを発生させないためであり、それは妻のためではなくて私を防衛するためのものである。何一つ文句を言わせないために余計な欲望を持たず、妻に余計な負荷をかけず、息を潜めている。業務遂行として完璧であればあるほど熱を感じなくてありがたくない。そして業務範囲を逸脱する要望を妻が口にすると私が嫌な顔をするのも嫌。その顔が私を幸せにしたくて生きているわけではない証拠だ。そんなことを言われた。

そのことについてはなんの反論の余地もないけれど、だからといって私が今できることがもう思い浮かばない。閉ざした心の鍵は私の手にはないように感じる。妻の声の全てがノイズに聞こえる。私は私だけの閉じられた精神世界で私の幸福を充足してしまっている。結婚している意義はどこにあるかと言われたら説明ができない。