un deux droit

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妻の変節は信じない

最近妻から「どうしてお前はそんなに無関心なのか」となじられることが増えた。妻を含めた家族に関心がないし、さりとて他に関心を寄せている対象があるわけでもない。ただ何も思考せず淡々と日々をやり過ごしているようにしか見えない。何が楽しくてこの家庭にいるのか、この家庭に何を求めているのか、まるで見えてこない。感情も動機も欲求もなくただただ不気味である、とのこと。

これまで散々私の希望を蔑ろにして自分の欲求を押し通して気に食わなければ暴力に頼って精神を萎縮させた張本人からそんな発言が出てくるとは驚きだ。今の私はあなたの望んだ完成品ではないか。何も求めず余計な個人的都合を持ち込まず残業もせず家事も怠らず文句も言わないサイボーグとなった私に今更人の心を持てというのは虫がよすぎるのではないか。

なにか趣味を持ったとて、それに没頭すると家庭のための時間が圧迫されていると必ず機嫌を損ねる。土日に趣味の予定を入れたいと言えばなぜあなたの自己満足のために私が過剰に負担を引き受けなければならないのかと拒む。自分の金でなにか買ってきたらまた無駄なものを買って、そんな金があるなら家庭に入れろと言う。妻に一切負担や迷惑をかけずに自分の希望を大事にして叶える、というのは空集合である。だからできるだけ自分の欲求は抑えてきたし、関心が向かないよういよう情報を遮断してきた。自分の関心の向くものには価値がないし、自分がなにかに興味を持つことに家族は喜ばない。そう自らに言い聞かせてきたのだ。それを今更まるきり逆でしたと言われても、と呆れてしまう。

妻に対する関心だってそうだ。そういう視線が全て煩わしいと拒んてきたのは妻の方。もう完全にビジネスパートナーとして割り切っている。妻への愛情を司る回路を断線させた。もう妻を含め女性全般を性的対象としてみることを自分に禁じたし、妻の体に触れること自体を避けている。そうやってできるだけ自分が妻にとって害のないものとなるように訓練してきたのだ。


ちょっと前にこんなツイートを目にした。

このツイート主と同様に、妻にとって私は男らしくなく、性的に惹かれるものがない、ということなのだろう。私はその評価を甘んじて受け入れ、あとは人間の責任として粛々と日々献身するためだけに生存することを選んだ。セックスを拒まれても拗ねることなく家事育児を第一優先に生活を組み立てたというのにこれ以上何が不満なのか。

妻がなぜ私に関心を払われたいのかまるでわからない。セックスどころか肌触れ合うことも嫌悪する人間から払われたい関心とは?今日妻が訴えてきたのは「私の趣味に何も興味持ってくれないよね」「私がやっていることを一緒にやりたいとか全然言ってこない」「私が新しく買った服の感想がほしい」「私太ってきたけどなんとも思わないの」「私のこと嫌いなの?」などなど、コメントだけ眺めると旦那に構ってもらいたいようにしか見えない主張の数々。こんなの信じられるわけがない。


多分排卵日かなんかでホルモンバランス乱れてるんだろう。どうせ2、3日もすれば放っておいてくれモードに戻るから無視。修行僧としての生活は明日も続く。