un deux droit

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偉くなるということ

久々のお仕事はとっても退屈。自分が進めている事業で使うシステムの開発が思うように進まない。業者に問題はないのだが、弊社のシステム部門が後出しで仕様上の条件や制限を加えてきては、これをクリアできないなら開発させないと尊大な態度を崩さない。条件後出し、支払い据え置き、交渉丸投げというとんだブラック部署である。なぜその条件が必須なのか、それをクリアするためにシステムに希望する機能や利用しやすさが損なわれることが明白なのに、どうしてその条件を取り下げないのか、不都合の説明をしろと詰め寄っても「決まりだから」の一点張り。ただのマウンティング。おそらく適当なことを言えば私に全て論破されるのを敬遠したのであろう。制約に合理性はない。私のやりたいようにさせるのが癪なだけだ。自分で仕事を作ると、こういう不毛な人間を相手にする事が増える。これが偉くなるということかなと思案する。

帰宅して間もなく、その新規事業でトラブル発生の連絡。業務提携を結んだパートナーが、顧客との面談をすっぽかしたのだ。ただの失念。なんの言い訳もできない。明日は謝罪と始末書で半日消えそう。他人の失敗のために頭を下げる日が来るなんて、これまた偉くなったものだと思う。

偉くなるということは、始終頭を下げて、嫌なやつと付き合うことである。これはビジネスをしていたら避けては通れず、誰かがその苦痛を負わねばならない。その苦痛に対する対価が高給なのだと理解した。いやはや偉くなったものだ。ほんと、その責任に見合う地位と俸給をいただきたいものです。