un deux droit

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【書評】マシュー・サイド『失敗の科学』

多様性の科学が面白かったので、前著にも手を伸ばす。

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日本人に馴染みのある「失敗本」と言えば『失敗の本質』だ。あれは第二次世界大戦下における軍部の暴走・失策から「如何にして同じ過ちを犯さないか」という教訓を遺すことを目的とした本である。有名なのが、重要な決定は全て抗い難い「空気」で決まったとA級戦犯が口を揃えたという「集団無責任体制」のメカニズムだ。誰一人として「この戦争は私が起こした」と主体的責任を認識していた人物はいなかった。戦勝国側としては「これほど極悪な行為を繰り返しているのだからさぞかしヒトラー、ムッソリーニに準ずる指導者がいるのだろう、と思いきや、むしろ「誰一人として当事者意識がなかった」からこそ行くところまで行ってしまった、という日本人特有の病理を看破した。

それと比して本作は、「失敗」という事象の複雑さ、曖昧さを描写することに紙幅を割いている。単に物事に当事者意識を持っただけでは失敗は回避できない。むしろ当事者意識の強さゆえに、失敗を発見し、露見した失敗を謙虚に受け入れ、失敗から学ぶことを阻害している事例を執拗に描いている。

「失敗を回避するためには、失敗するしかない。」

失敗にはこのパラドックスがついて回る。

軽微な失敗を歓迎し、そこから積極的に学び改善する姿勢を維持することで、致命底な失敗を回避する可能性が高まる。逆に、軽微な失敗ですら許さない空気を作ると失敗が隠蔽され、失敗からの学習機会を組織として逸し、同じ失敗を繰り返し発生させたり致命的な失敗を誘発する。

失敗は成功の母とよく言われるが、成功の種を無数に孕む失敗が、いかに認識困難かということも詳細に記述されている。むしろ成功とされていることの中にとんでもない失敗が秘められていたりもする。その失敗を抽出する、シンプルで、でもほとんど実行されることのない方策についてもこの本から学ぶことができる。

「失敗から学べ」以上のことはこの本には書いていないのだけれど、それがいかに困難かということを心の底から理解するために、全編通して辛抱強く読破することをお勧めしたい作品である。