un deux droit

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親がいとこ同士なのです

「親がいとこ」

この事実は私の30年強の人生の、通奏低音となっている。

このことがかなり特殊なケースだと知ったのは小学生の頃だったろうか。

「結婚ができるのはいとこまでです」

たしかこんな一文を教科書かなにかで見て、「うわーお、うちギリギリじゃん」と思った。

当時はそれの意味するところがよくわかっていなかったので、クラスの机の向こう三軒両隣くらいに聞こえる声量で「親がいとこ同士だわ」ということをポロッとつぶやいたと思う。それを聞いていた周囲の同級生も対して気にする素振りもなく、「へー、めずらしいね」位の反応だったのでおそらく誰も覚えていないだろう。

小学生時代は、単純に親族の数が少ない=お年玉の総額が少ないということが最大の不満だった。父の兄が母の幼少期のことを知っていて、「昔からしっかり者だった」と評するのが可笑しくもあった。ただ、閉鎖的な集落だったので、親族同士とは言わないまでも、親同士が幼なじみ、みたいな同級生も珍しくなかった。

認識があらたまったのが中学生の頃。クラスメイトが

(以下、かなりプライベートな内容なので有料記事とさせてください。)

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