un deux droit

このブログには説明が書かれていません。

豪邸が纏う悲壮感

本日は有給を取り、売りに出ていた中古の一軒家を内覧しに行った。
築浅の注文住宅なのに売りに出ていて、不思議だなと思いつつも、立地や広さ、センス、建築資材の高級さ、子どもの希望する庭があるなどなど、諸々条件が良かったので、予算オーバーではあったが候補にしていた。
実際に内覧してみると、持ち主のこだわりが随所に見られる重厚な作り。設備も立派で、テラスやサンルームなどあれこれオプションがついている。ここまで金をかけたのに、なぜ手放すに至ったのか、業者に確認した。

この家を建てたのは60代の女性。土地は父親のもので、父と子どもたちと3世代で暮らすために建てた。老い先短い父の終の住処として用意した。父が亡くなっても子どもたち家族と引き続き住むことを計算した作りだった。
新築当初は思い描いたような暮らしが実現できた。しかし程なくして父親が体調を崩し、すぐに施設で暮らすことに。結局父親は終の住処をほとんど味わうこともなく、家がたった一年半ほどでなくなってしまう。
父親が死に、女性が自宅を相続するとなった段で、遠方に住む兄がしゃしゃり出てきた。その自宅のある土地は地価が随分高騰しており、妹が丸ごと相続するのは公平ではない。家と土地はくれてやってもいいが、土地代の半分は現金でよこせ。それができないなら家ごと売却して捻出しろと妹に迫った。そんな殺生な‥ということでお互い弁護士を立てて1年以上争ったが、結局兄の主張が認められて泣く泣く手放すことになったらしい…
話を聞いた後に、無駄に立派な庭木や、家の中心に鎮座する和室の存在感など、合点のいく点が端々に見られた。そして、家に込められた持ち主の女性の思いがひしひしと伝わってきた。そもそも手放す予定などさらさらない、こだわり抜いた家なのだ。これはお金の問題ではなく住めない‥重たい‥私はすごすごとその場を後にした。
新築の一軒家は手が出ないなと思って中古物件から探していたが、賃貸と違い、持ち家を築浅で手放すというのは余程の事情がないと起きない事象で、しかもそれは往々にして不幸なお話だということはよくよく考えればわかる話だった。エピソード抜きにすれば、この条件でこの価格はかなりお買い得といったところではあったが、買うには相当な神経の図太さがないと無理だ。一軒家は新築か、円満な理由で売却した築30年代の物件のリノベしかないなと確信。金がかかるなぁ。