ちょっと遅れ気味だけど、クリスマスツリー飾りを終わらせる。せっかく一軒家にしたので、一軒家らしいことをして楽しむ。妻は園芸を始めたし、長女もじきに友達を連れてくるだろう。ザ・普通の家族。取り立ててなんの特徴もない、どこにでもいそうな量産型ファミリーの一員に私もなった。思ったよりも退屈で、思ったよりも実現も維持も大変な「中流」家庭のぬるま湯のような幸せに浸っている。
子どもがいるとほとんど自由な時間がない。休みがないのは当たり前、平日も就業時間を平気で無視するイベントがボディーブローのように襲いかかる。ドラマを見たり本を読むのは23時~6時で翌日の自分のパフォーマンスと交換条件。条件が合わず辞退する仕事、クオリティにこだわれない仕事多数。人ひとりの人生としてこれで不満を覚えて良いのか、当然のこととして満足を覚えるべきなのか、どうにも割り切れない気持ちを持つ。
家族を持たない代わりに使える時間が存分にあったとて、アウトプットの質が高まる保証もない。その分存分にインプットてきるから打率は上がる。しかし10割ではない。制約のない人に対する目線は厳しい。パフォーマンスしか自分を説明する拠り所がないのだから。いつでも死と忘却が隣り合わせの栄光。子どもがいない人の多くに感じる余裕のなさや冷淡さ、自分本位はそういう後ろ盾のなさから来ているのかもしれない。
かつて、今の妻とは別に結婚を約束した女性がいる。私が本意しなければ、そのまま結婚していたはずだ。しかし私は関係を終わらせた。人生の大きな決定をするにはまだ少し若かったし、もう少し色んな経験を欲していた。彼女は理由に納得できず病んだが、しばらくしてもっと魅力的な人を見つけて気持ちを立て直し、その人と結婚した。
私はその後なにか得難い経験ができたかというとそんなことはなかった。結局その最初に結婚を約束した人が最も魅力的だったし、価値観も性格もあっていた。お互いのだめなところを素直に見せ合える安心感があり、互いの心の支柱になっていた。支柱を失った私の人生はその後ガタガタになった。
彼女は彼女で力強く人生を歩んでおり、時折ヤフーニュースで名前を見かけるくらいその業界の中では名を知られた存在になった。キャリアとしては間違いなく成功を収めており、私と結婚していたらそんな人生にはならなかったと思う。キャリア形成に時間を使わず、今頃はニンテンドースイッチにハマって毎晩酎ハイ片手に酔い潰れる、素敵で自堕落な生活をしていたはすだ。私の「がんばらない」方向への重力は並大抵のものではない。その意味では人生を有意義に使ってくれていると思う。
しかし、旦那さんとは互いの職場の拠点が合わず、結婚してずっと遠距離婚を続けているらしい。お互いのキャリアを尊重し、自由に暮らしているので仲は良好だが、生活はともにしていない。子どももいない。たまに友人として会ったりラインを交換して近況を聞いたりするが、良くも悪くも別れたときのまま、時間が止まっている感じ。「よく大学生と見間違えられる」そう笑いながら自嘲していたけど、見た目も変化がなく、年輪が刻まれていないような印象を受ける。
自分だけ髪が薄くなり肌艶がなくみすぼらしくなったように思うが、むしろ相手が浦島太郎状態なのかもしれない。「角が取れて、優しい雰囲気になったね」と私の変化を評する相手の少し寂しそうな顔が意外だった。こんなオッサンになるなら別れておいてラッキーとか、自分はこれだけ若さ保っててすごいでしょ、って切り返すかなと思いきや、同じように歳を重ね、苦労を乗り越え、娯楽を分かち合い、老け込みたかった。そう訴えているように感じた。
若さを保ち、子どもを作らないのは、あなたが私の人生をこの状態で捨てたのだ、という見せしめなのかもしれない。会うといつでも止まった時間のあの瞬間から再開できるくらい波長があうのだ。そしてこうして別の人生を歩んでいる今でも連絡を取り合っている。未練がましい二人。お互いの生活を破壊するほど愚かではないから、互いの出張のタイミングでお茶するくらいのものだけれども、毎度、わたしたちに別れるべき要素なんて一つもなかったよねっていうことを確認する回になっている。お互いの容姿とか収入とか、そんなことは笑い飛ばせる些末なことで、むしろ補いいたわり合える。その格差を乗り越えられる愛情や尊敬がある。そして、才能があるからといってそれを活かすことだけが人生の幸せでない、それらを放棄した普通の人生でも普通の幸福がある。それらに差はない。そういうことを理解するには自分はまだ幼かった。
運命の人は人生のどのタイミングで出逢うかわかったものではない。最初に付き合った彼女が運命の人である確率も、人生の最後に付き合った彼女が運命の人である確率も、同じだ。ただ、運命の人でない人は疑わなくてもすぐにわかるから、相性の悪さを疑う要素がないのに、自分の経験の無さで自信が持てないだけだったらそのまま突っ走るべきです。