un deux droit

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白球という名のチケット

今週のお題「好きなスポーツ」

時代錯誤だ、商業主義だと言われていることは重々承知の上で、それでもやっぱり高校野球が好きだ。一番古い記憶では育英高校の優勝を覚えている。まだ小学校に入ったかどうかという年齢の時だ。それから帝京高校の優勝。優勝決定時にテレビの画面いっぱいに広がる「帝」と「京」の校名の迫力がなぜか脳裏に焼き付いている。智弁和歌山、そして平成の怪物松坂率いる横浜高校まで目に焼き付けた。
中高としばらく高校野球から縁遠くなり、次に高校野球に釘付けになったのは2004年。受験勉強真っ最中の夏休みのことだった。地方の底辺校に通っていた私は無謀にも地元最難関の国立大合格を目指していた。この高校からその大学の合格者などいつから出ていないのか資料すら残っていないようなどうしようもない高校だった。同級生のほとんどが専門学校か短大希望で、夏休みにはほぼ進路が決まっており、夏休みに市の図書館に篭って受験勉強をしているのは私くらいのものだった。
少し休憩しようと缶コーヒー買いに自販機に向かうと、休憩スペースにテレビが設置されていて、駒大苫小牧の試合が放映されていた。
当時の北海道勢は最弱もいいところで、大抵北も南も初戦敗退の常連。他県からすれば練習試合の当たりくじを引くようなものだった。唯一覚えている北海道勢の活躍といえば旭川実業。ミラクルで準々決勝まで残り、敦賀気比と対戦した。9回の土壇場で1点差まで迫り、なおも1アウト二塁のチャンス。レフトへヒット性の当たりが出、これで同点だと沸き立ったのも束の間、レフトがスーパーキャッチ。すでに三塁近くまで来ていたランナーは戻れずダブルプレー。あまりに残酷なゲームセットに子どもながら涙した。北海道勢が優勝なんて夢見るもんじゃない、とすら思った。

今目の前で繰り広げられているのは3回戦。もうすでに1試合は勝っている。しかも強豪の日大三高相手に優勢な試合運び。久々の北海道勢の健闘に、ちょっとの休憩のつもりがテレビに釘付けになってしまった。試合は終盤に猛攻を受けるも辛くも逃げ切り、旭実以来の準々決勝進出。これはひさびさにおもしろくなってきたぞと舌なめずりをした。
帰って新聞のトーナメント表を確認すると、次は横浜高校ということが判明。しかも涌井というエースピッチャーは「松坂二世」なんて書かれ方をしている、、オワタ…そう都合よく勝ち上がれることなんてないよな。そう思いつつも怖いもの見たさで結局自宅のテレビで見た。すると下馬評を打ち破り見事圧勝。林選手のサイクルヒットが飛び出すなどフルボッコ。これはちょっと本物かもしれないぞ。ピッチャーは少し心許ない気もするが、二番手の鈴木は実力以上の神がかりを見せている。そして何より打撃がチート状態だ。ここまで強打のチームは見たことがない。ひょっとするとひょっとするかもしれないぞ、という期待を膨らませずにはいられなかった。
その後、準決勝もさっくりと勝ち(申し訳ないが記憶にない)、あっさりと決勝の舞台に北海道の高校が立ってしまった。自分とほぼ同い年の同郷の選手たちが全国の注目を一心に浴びている。その事実だけで興奮が止まらない。
決勝の相手は春の優勝校、済美。ティモンディの母校と言えばわかるだろうか。春に初出場初優勝という鮮烈なデビューを果たしていた。ずっとニヤニヤしている上甲監督、メルヘンでエキセントリックな校歌に全く似つかわしくない鵜久森の豪打と福井の快投。ラスボス感半端ない、申し分ない相手だった。初出場で春夏連覇か、史上初の北海道勢優勝か。どちらが勝ってもとんでもない快挙だ。
試合は序盤済美ペースで進む。エースの岩田が2回終了までもたない。鈴木も制球が定まらず失点を重ねてしまう。しかし打線の活きが良い。すぐさま逆転。しかし鈴木が踏ん張れずまた逆転。流石に優勝までは出来過ぎか‥と諦めかけたその時、キャッチャー糸屋の放った打球が左中間席に突き刺さる。この日の糸屋は何かが降臨していた。まだ終わらない。鈴木も息を吹き返し、投球がまた一段冴えてくる。そしてまたまた逆転。いよいよ本当に優勝が手の届くところまで来てしまった。
そして3点差リードで迎えた最終回。済美の打力と鈴木の残り体力を考えたら全く安心できる点差ではない。案の定先頭バッターの福井に二塁打を浴びてしまう(この日の福井も打ちすぎ)。その後、なんとか二死までたどり着くも、一塁三塁の状態で鵜久森を迎えてしまう。正直、ここで同点の一発を浴びれば、もう反撃の余力は駒苫に残っていないように思えた。ここで仕留めなければひっくり返される。そんな緊迫感の中放り込んだ高めのストレート。鵜久森も手を出す。投げた瞬間「これはやばい」と思ったが、鈴木の最後の気迫が勝ったのか、紙一重でショートフライに打ち取る。最後の球が1番の功労者である佐々木キャプテンの元に吸い込まれていくなんて、話が出来過ぎだろう。すでに感極まっているのか、少し足元がおぼつかないが、ボールはしっかりとミットに収め、ゲームセット。あまりに高い目標で、悲願とすら思われていなかった全国制覇をやってのけてしまったのだった。

勝利の興奮が冷めやらぬ中、私はふと思った。彼らの成し遂げたことの困難さと比べて、自分の目標のなんて安易なことか。私は根拠もなく自分も大学合格できそうな勇気が漲り、そのまま受験勉強のペースが落ちることはなく、本当に目指していた難関大に合格してしまった。受験勉強ラスト半年間の馬鹿力は、間違い無く駒苫の優勝がもたらしたものだ。入学までで燃え尽き、地頭も偏差値相当のものを持っていなかったので、学問にはついていけずずいぶん苦労したが、良い経験をさせてもらった。鈴木投手の火の玉ストレートは、私の人生の天井も突き破ってくれた。人生の風通しをよくしてくれたことを今でも感謝している。