un deux droit

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能面を被るのだ

今日は枕に血がしみていなかった。とりあえず傷はふさがったようだ。
とにかくもう逆鱗に触れたくないので失言は最小限にしようと自分からは極力話しかけず、感情を波立たせず、自分の存在が刺激にならないよう無の境地で過ごしている。びくびくおびえたりご機嫌を伺ったり敵意を持ったり無理やりテンションを高くするのは過去に失敗してきた。頭に草のイメージを焼き付けて、「雨ニモ負ケズ」を脳内でリピートしながら過ごしている。
するとどうだ。今度は妻は「辛気臭い」「つまらない」と不平を漏らしてくる。自分なりに反省をし、関係を良好に保つために、気をまわしているというのになんだその不遜な態度は、ということらしい。私はもう二度とこの挑発に乗らない。私が「明るく」「ご機嫌に」「調子よく」振舞うことは、必ずやいつかの段階で虎の尾を踏むことになる(虎だったり龍だったり忙しい)。私が個人的に楽しかったことは不満の種だし、私が個人的に悲しかったことは自分で解決する問題だ。私の幸せは妻の犠牲と常にトレードオフなのだから私が幸せを感じたことを決して見せてはならない。私の個人的な思いを分かち合うのは妻にとって脳のメモリに負担をかける以外の意味を持たない。
私は極力業務連絡しかしない。妻が欲しい時だけ私の脳を使って何かしらの見解を引き出してくれればいい。妻の雑談には相槌しかせず何ら自分の見解を加えない。それなら壁に話しているのと同じだし、家事代行を雇った方がマシだと妻は言うが、結局妻が求めているのはusefulの範囲に私を閉じ込めることであるのだから仕方がない。妻の挑発をのらりくらりとかわしながら、自分からアクションしないこと、リアクションが低刺激であることに慣れてもらうのを待つに限る。