un deux droit

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心理的安全性をガンガン下げてくる妻

私の妻はとにかく喧嘩っ早い。

気に食わないことがあればすぐ沸点に到達し、遠慮のないダメ出しを乱射してくる。

素直にハイハイと聞き流せばいいものの、私は頭ごなしに怒られることが大嫌い(誰だってそうだろうが)なので、口ごたえをしてしまい、それがまた日に油を注ぐということを年中繰り返している。

この前も一通り喧嘩をして、何とかお互い鞘を収めた後、私からの純粋な質問として、なぜそこまで責めないと気が済まないのか、妻からの純粋な質問として、なぜ素直に謝らないのか、お互いの認識をすり合わせた。すると、結婚生活というものについての認識が根本的に異なっていた。

私は結婚生活を互いにとって安全で快適なものであるよう努力する義務があると思っている。その思いやりが結婚生活を維持するために不可欠だと頑なに信じている。なので、結婚生活の中で相手に変えてほしいことがあった時にも、そしてそれが相手の怠慢や不手際であったとしても、決して頭ごなしに相手のやり方を非難せず、不快感を与えないよう最大限配慮すべきである。これが私の主張。

妻は、お互いが自分らしく生活していて快適である限りにおいて結婚生活を継続すべきと考えている。なので、不満があれば即座に率直に言うべきで、それで改善が見込めないならこの生活から得られる恩恵がないので関係を解消すべき、という結論になる。相手を思いやって我慢するというのは健全な態度ではない。結局不満の蓄積の先は破綻しかない。こういう理屈

簡単に言い直すと、壊れやすいものだから大切に慎重に扱おうねと考える私と、そんな無理しないと壊れてしまうような代物ならそもそも相性が悪いのだから壊してしまえ、という妻のどこまでも相容れない不毛な綱引きなのだ。

妻の理屈から言うと、何でも気兼ねせず言えるという環境が担保されていることそのものが安全な場であり、堂々と文句を言えるということは、相手が必ずその苦言を受け止めてくれると信頼していることの証であり、苦言のオンパレードは相手との関係を維持し良好にしていきたいという前向きな意図である、ということ。だから苦言に反抗するのは俺に文句を言う奴は許さねーぜベイベーという威圧的な態度で、私のことを一段下に見ていてかしずかせたいと思っている、対等でない関係を望んでいるんだ、という解釈になる。

私の理屈から言うと、苦言はこの関係を破綻させようとする意図であり、この関係に不満を感じていることの証であり、関係を終了に導こうとしている危険な場である。だから苦言を呈する前に、いちいちまず私を安心させてほしい。これから苦言を言うけど、大原則としてこの関係が快適だし、あなたのことは信頼しているし、これからもこの生活を続けていきたいことには変わらないですからね、と。だから反抗は安心感を得られないことに対する不安の反応に過ぎず、文句を言うこと自体を許さないというポリシーの表明ではないと解釈してほしい。そう伝えた。

ちょっと文句言ったくらいでそのレベルの安心感揺らぐなんてアホくさい、自分でもおかしいこと言ってるのわかるでしょ?そんなめんどくさい前置きいちいち言いたくない、安心して、関係終わりにするときは議論などしないで離婚届一枚置いておくだけだから。会話している時点であなたの安全は完全に確保されていると強く自分に言い聞かせてください。以上。

一方的に議論を打ち切った妻は心底呆れた様子で床についた。自分でもなぜここまで躍起になって絶対的な安心感を希うのか理解に苦しむ。きっと何かしら自分にとって大きなものを失ったことがなく、失ったけどなんとか生きてこれた、という経験がないから無闇に喪失の可能性を恐れるのだろう。要するに挫折を知らないぬるま湯の平和ボケ。しかしだからと言って今更あえて大切なものを失う痛みを自らに科して教訓に昇華する根性は私にはない。これからも喪失をビクビクと恐れながら、絶対的に安全な場を確保できていると信じてその事実に感謝を欠かさないことが当面の自分にできる唯一の奉仕かなと思っている。