un deux droit

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地方都市で働くということ

昨日会った顧客は焦っていた。

自組織のコミュニケーションツールは時代遅れ、タスク管理が非効率、社会の変化に対するメンバーの危機感が薄い、外を見ようとする意欲が薄い云々。

自分の持つ思想や価値観や問題意識や技能や情報の価値が周囲の人間に理解されずフラストレーションが爆発していた。

文句のたびに東京を引き合いに出し、この地域とそこに住む人たちは視野狭窄で、愚鈍で、怠慢で、悪い意味で牧歌的で、非生産的だということが言いたいらしい。

不満を安易に漏らしてくれる人はこちらからするとビジネスチャンスを次から次へと提供してくれるとてもありがたいお客様なのだが、私自身彼と同じ憤りに苦しみ、己の環境を嘆き、将来に拭いされない不安を抱えていたので、あぁ、自分にも同じ時期があったなぁと思った。

確かに東京とそれ以外の地域では、時間の流れる速さが違って見える。自分が地方で代わり映えのしないルーティーンワークをこなしているうちに、東京にいる同期は地方には起こりそうもない新しいプロジェクトに次々とアサインされ、輝かしい経験を積み、凄まじく成長しているように見える。機会、機会、機会。掴めるチャンスの絶望的な差にしばしば発狂する。大した能力の差もない人たちの間でこんなにまで扱いに差があって良いものか。こんな不均衡状態を野放しにする会社は愚かだし、社会は間違っている、と見当外れの義憤に駆られたりもした。

このモヤモヤが吹っ飛んだのは今年に入ってから。ずっと東京にいた同期と仕事を組むようになった際に考えを改めた。

お客さんとの会話、提案、交渉。事例、理論、トレンド。物凄いスピードで膨大な情報量をアウトプットする彼のコミュニケーション手法に、同席した私もお客様も圧倒されこそすれど、何か手元に残るものは驚くほどなかった。満腹感だけ残って満足感がイマイチなこの感触、何かに似ているぞと思ったら、大箱の温泉旅館でありがちなバイキングそのものだと感じた。

凄まじい種類の料理の山、食欲を掻き立てるプレゼンテーションに最初は浮き足立つけれども、あれもこれもと手をつけて盛り付けた手元のプレートは和洋中なんでもありのなんとも節操ないつぎはぎ模様になってしまう。一つ一つは美味しい気もするが、順番も栄養バランスも胃の容量も度外視した食事を終えると、後に残るのは不快な胃もたれのみで、何を食べたんだっけと振り返ると案外記憶になかったりする。

件の同僚のコミュニケーションもこれと同じで、無作為で無尽蔵の情報は受け手に必ず消化不良を起こさせる。食べられる量は自ずと制限があるし、量と質のバランスが取れてジャンルの揃った提供の方が美味しく召し上がれる。食事の価値は一つ一つの料理の美味しさや高級感の総量だけでは決まらない。時と場合によっては茶漬けと二、三の漬物が至上の御馳走になることもある。結局受注に至らなかった彼は東京という街で良質かもしれないが過剰な情報に晒され始終消化不良を起こしている。そんな彼が東京でそれなりの成績をあげられるのは、きっとお客様も慢性的に消化不良を起こしていて、自分が何を食べたいのか自分でもよくわからなくなっているんだと思う。だから彼の繰り出す下痢気味のアウトプットでも喜んで食べる。

その点地方は高級料亭のコース料理みたいなもので、一つ一つの量は少ないけれども、東京というふるいにかけられて生き残った良質な情報だけが、ゆっくりと適切な順番で提供されてくる。一つ一つの料理をゆっくり味わう時間も十分に確保されているし、お腹が一杯ならそれより先をお断りする心の余裕もある。食べすぎないので健康も害さない。そして食事の幸福感が具体的な情景と共にしっかりと記憶に残る。自分はそういう食事の方が好みだなと思った。

もちろん東京でもそのような食事は可能だろう。膨大な誘惑に翻弄されず、真に有益なものだけを選び取って、健全に血と肉にできる猛者も一定数いるだろう。でも私の見立てではそんな猛者は多めに見積もって5%。残りの95%の半分は過食症で、もう半分は拒食症だ。もしかしたら拒食症の方が多いかもしれない。食欲が湧かなくなって何の情報も受け付けなくなっていて自分の理解できる範囲の閉じた世界に安住し10年くらい冷温停止したある人によく会う。結局東京というバイキングを上手く活用できている人はそんなにいないのだ。かくいう私も、東京で暮らせば95%に入る自信がある。

そんなわけで、凡人だなと自覚のある人は大人しく地方都市で働けばいいと思う。健全な量の情報を、よく噛んで食べ、ゆっくりと排泄して生活できるという類の幸せが地方にはある。まぁそんなことを言っても実際に引っ越せる人なんでそうそういないので、たまたまそんな恩恵に浴していられる自分の境遇に感謝したい。冒頭の彼もそんな事に気づく日がいつかくればいいけど。