un deux droit

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お漏らしが許せない

読んだところで何の生産性もない話を書く。
ただただ憤っている。
表題の件、犯人は長女(3)である。
本名を晒してやろうかとすら思う。
犯行時刻には共通する特徴がある。
楽しくない、寂しい日の夜だ。
親が喧嘩して構ってもらえなかったり、遊び足りないのに無理やり泣かされた日だったりだ。
つまり、1日の不満を、おねしょという形で報復してくるのだ。

相手が3歳ということを考慮すればいたって普通のことだし、むしろご機嫌な日は絶対にお漏らししない点においてはむしろよく出来た子だ。
だが、本当はできるのにわざとミスをして関心を引こうとするやり口がどうにも卑怯で許し難い。

不満があることと、やるべきことをやることは、それぞれ別個の独立した事象だ。
不満は不満で我慢しなくていいし、おねしょはおねしょで我慢すればいい。
なぜ両者をまぜこぜにするのか。
それを長女がまぜこぜにすることで、おねしょの対応を迫られる私は、不満に寄り添う分の余裕を失う。
おねしょの対応を放置して、その代わりに優しく接するということはできないからだ。
だから、彼女からすれば、構ってもらいたければ構ってもらいたい相手に構ってもらうための時間的精神的余裕を与えられるよう尽力すべきなのだ。
構ってもらわなくていいという自立を果たすことで、結果的に『偉いね』と構ってもらえるという構図を早く理解してほしい。
それさえしなければ構ってもらえるというのに、唯一構ってもらえなくなる地雷を執拗に踏み続けるのは愚かしくないか?
このことは何度も本人に言っているのにちっとも理解しない。
好きな女の子にスカートめくりする男の子は100%嫌われる運命にあるということを。