un deux droit

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おねしょ、チョコパン、長子の気質

ここ半年ほど、娘達は5個入りのミニチョコパンにハマっており、週1の頻度で朝食に出してあげている。チョコパンの日は一目散にテーブルにつき、一生懸命に頬張り、すぐに朝食の時間が終わるので、その後の保育園への着替えや準備などもろとろの支度が余裕持ってできる。なのでチョコパンの出動タイミングとしては、私が早めに出社する日や、疲労などで子供達のわがままをあしらう心の余裕がない日となる。

今日はとても珍しく長女がおねしょをし、5時に起こされてシーツの取り替えやシャワーなどイレギュラーな対応があったので、迷わずチョコパン発動。チョコパンが控えていると思うと私も長女に優しく接することができる。おねしょはしたが、全部出してしまうのではなく途中で引っ込め、後半はトイレで出せたので被害が少なくて済んだことを褒めてあげられた。長女もバツの悪さや戸惑いを感じつつも、私が不機嫌にならなかったことに安堵して口数多く明るく取り繕っている。

お風呂場でバタバタとおねしょの後処理をやっている物音で次女が起きてくる。先にチョコパンを食べている長女の元に駆け寄り、抜け駆けされたことが悔しくて泣き喚いている。長女はちゃんと公平に2個半ずつ分け合おうと思って、ストックの1個を半分にちぎって次女に渡そうとするも、次女は自分の分を取られたと思ってさらに火がついたように泣き喚く。一旦全部次女に明け渡して次女の気が済んでから自分の取り分をこっそり回収すれば良い、と諭しても長女は譲らない。
自分は多めに取っていない。だから正当な取り分は絶対に一瞬でも譲りたくない。その融通の効かなさが自分にそっくりだなと思った。自分の正義を押し通そうとする。
半ば無理やり長女が半分取って少し齧ったチョコパンを取り上げて次女に渡すと次女は機嫌を直した。そして次女のためにと長女が袋に戻したもう半分のチョコパンを長女に渡しても次女は不平を言わなかった。むしろ一かじり分長女は得したのだが、次女は単にお姉ちゃんのものが欲しかっただけで、きっちり半分などには拘っていないのだ。それだけ幼稚で合理的でないとも言えるし、そもそもそんなことに拘るほどケチくさくないとも言える。
きっちり半分の美学は長子あるあるなのかもしれない。後から生まれた兄弟に取り分を失う経験と折り合いをつけるために譲れない一線を設けている。私も長男で、同じ性質の厄介さを妻からたびたび指摘されている。喪失の痛みを無自覚に抱えながら生きている。周囲の人間を、私から私の権利を奪うものと捉え、根底では信用していない。自分でも克服できていないものを長女にどう引き継がずにいられるのか方策がわからないが、人は信じるに足るということを繰り返し経験させるしかないのかな。取り留めのない結論。