un deux droit

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独りレジスタンス

昼の休憩時、滅多に連絡の寄越さない取締役から電話が来た。私が社内で最も忌み嫌う男だ。

どうせろくな内容でないだろうと嘆息しながら電話に出ると、案の定と言うべきか、要件は彼のヘマの尻拭いだった。「webセミナーの待ち合わせ時間に間に合わない可能性があるから、待ち合わせ時に入室して挨拶などして場をつないでいてほしい」というのが彼の希望だった。

「挨拶で場をつなぐ」とはいったい如何なる行為なのか。「いやー、今日はそれにしてもよろしくお願いしますね、ちょっと講師遅れてますけどもね、ちゃんときますから。ご安心くださいね。それにしても本日はお日柄もよく…」なんて中身のない適当な小話を講師の到着までやっておけということか。「担当者とは懇意にしているのだろう」とかよくわからないことを言われたが、その他の受講生からすれば初見の営業担当に過ぎない。研修を受けにきたのに、いざ行ってみると講師はおらず、その講師の派遣元の営業がなぜかしゃしゃりでており、自社の研修担当とあからさまに時間稼ぎの気まずい上滑りトークを繰り広げている。そんな受講者側の立場を想像するだけで地獄である。この男はしれっととんでもないことをやらせようとしていて、そこに良心の呵責が一切ない。一瞬にしてはらわたが煮え繰り返った。

 

「予定は確かに空いている」

「しかしあなたの提案する弥縫策の効果が全くよく理解できない」

「なぜ営業担当が定刻にいれば顧客サイドは安心すると言えるのか」

「待ち合わせ時刻と研修開始時刻は異なる。研修開始時刻には間に合うのだから、待ち合わせより少し遅れると素直に先に伝えればいいではないか」

「むしろ遅れる可能性があるのにギリギリまでそのことを伝えず、結果遅れたときに騙し打ちのように、ちょっと遅れてまして…と誤魔化す方が印象は悪い。しかもその汚れ役を営業にやらせるのが納得できない」

「繰り返すが、今すぐ顧客に連絡を取り、頭を下げることはいくらでもできる。でも研修直前に遅刻を誤魔化すような、する必要のない立ち回りはやらない」

こうごねていたら、あからさまに「話のわからない期待外れの使えねぇやつだなぁ」という態度で「じゃあもういいです」と半ギレで電話を切られた。なんでこっちが悪者になってる感じやねん。後味の悪さが午後いっぱい続いた。

 

彼は仮に待ち合わせ時間に予定通り間に合った場合に、「遅れる可能性があった」ということを顧客に知られると自分の予定管理能力がない、と無闇に思われることが嫌だったのだ。知られずにすることならそもそも存在しなかったことにしたい。しかし本当に間に合わなかった時の保険をかけなければ無断で遅刻したやつとなってもっと心証が悪い。という遅れた場合と遅れなかった場合のどちらでも自分のメンツが潰れないために私を身代わりとしようとしたのだ。なんて清々しいクズなのだろう。社員には臆面もなくそのクズっぷりを披瀝できる神経が信じがたい。

私は汚れ役を頑なに断った。彼はそのことが意外で、受け入れ難い屈辱だったようだ。課題の解決ではなく、自分の思った通りに人を動かすこと自体が目的なので、自分の筋書きに素直に従わず、その妥当性に茶々を入れてくるような輩は許し難いのだ。とんだ封建制度である。御恩と奉公じゃあるまいし、そこまで私たちの間で身分の差がありましたっけ、という気分になる。

とりあえず不快な思いはしたものの、圧力に屈せず汚れ仕事に手を染めることだけは回避した。不当な扱いには雇われの身であっても即座に"fxxk you"と中指を立てられるロックな魂を忘れずに生きていきたい。人生長いのだから尊厳は大切に。薹の立ったオッサンの横暴な振る舞いに毅然と"No"を突きつけて、彼らを生きにくくしていくレジスタンス運動が日本には必要だ。