un deux droit

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おかえり伊良部先生

CDを買いに行こうとTSUTAYAに行ったら、お目当てのCDは置いていなかった代わりに奥田英朗の新作「コメンテーター」を発見した。ジャケットを見ただけで脳内に稲妻が走る。伊良部先生…!!!!あなたに会いたかった。

このシリーズは「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」「町長選挙」の三部作で完結したのだと思っていた。奥田英朗自身が随分前のインタビューで「もう才能は枯れた」とか言っていたから、続編は諦めていた。なにせ、前作が2006年だからね。オモクソ大学生でしたよ。都会に出て金太郎飴みたいにサブカルにハマり、サブカルと言えどヴィレヴァンに出入りする程度の、ペトリ皿くらい底が浅くてスケスケのサブカル厨としてはとてもちょうどいい毒気だった。なんか褒めてない気がする。直木賞作品ですからね。多分に大衆ウケする安心感があるわけですよ。それにしてもこんなに焦らすなんて、奥田センセイったらお茶目なんだから。こちとらもうしっかりオッサンになって、リアルに伊良部先生を受診しなきゃならんくらい重症な心患いを抱えているですよ。

伊良部シリーズは一話完結の短編集。神経科を受診する患者をとんでもないやり方で治療する。起承転結がパターン化されているのも、テーマが時々の旬を取り入れていても主人公だけ年を取らない時空の歪みも、サザエさんやちびまる子ちゃん、コナン君と同じ。ハチャメチャな展開に笑いを堪えながらも、時折真理をつく鋭いコメントが胸に刺さる。そんなに頭を使わないからハードカバーなのに3時間もかからずに読める。偉大なるお茶の間文学。バラエティ番組やマンガでも見るように、ポテチとコーラを抱えて、ケツでも掻きながらリラックスしてお愉しみください。




追記。
伊良部先生を見ていると、優しさとは「本当のことを躊躇なく教えてくれること」なのだと思わされる。伊良部先生に人間としての愛とか情は微塵も感じない。欲しかない。そしてどうしょうもなく醜い。けれど彼の身も蓋もない放言は、患者を治療する画期的な一手となる。本人に優しい気持ちは微塵もないし、狙ってやっているわけではないけれど、結果的に患者にとって最も優しい行為であることは間違いない。この優しさのメカニズムに違和感を持って受け止められるのだとしたら、きっと世の中にはびこる「優しさ」のほうが見当違いのトンチンカンなのだ。