un deux droit

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【書評】泉房穂『社会の変え方』

現・明石市長の泉さんが、任期満了に伴う引退を目前にして残した政治の教科書。在任中の12年で何を成したか、それはどのような考えに基づいたものなのか、その考えのルーツはなにか、という思考回路を詳らかにした作品。

極言すれば、政治家の役割は、①ルールを作ることと、②税金の使い道を決めること、そして③それらが円滑に機能するよう行政機関をマネジメントすること、の3つに集約される。

その役割を最大限に果たすため、弁護士らしい法律知識と国政経験をフルで駆使し、市長にあたえられた権限を目一杯使って明石市民のために有益な施策を届けた。③の領域で相当に苦労させられたようだが、改革派というのはどうせ既得権益との血みどろの抗争しか待ち受けていないのだから、下手に権謀術数に長けているよりも短期決戦で行けるところまで行くのが常套手段。その意味では12年間も市長の座にとどまれたのは奇跡的なことだなと思う。

民主党系の議員は理想論ばかりで国力を衰退させるだけの政治音痴のイメージを持っていたが、12年の市政で、ちゃんと市の基金を増やし、明石市を儲けさせていたことも特筆に値すると思う。無駄な公共事業の予算をガッツリ減らし、子どもに全ふりして街のブランドイメージを作り、人口流入により結果的に土建屋を設けさせた。最初に土建屋を儲けさせてもジリ貧で、まずは市民の暮らしを豊かにして、その自然発生で土建屋が潤う。一旦土建屋の優先順位を落とす、というシンプルな施策が市としての様々な余力を生む。ハード(ハコモノ)からソフト(ヒト)にお金の流れを変える。これが簡単にできないのが日本の宿痾。

あと面白いのが、国や県が動かなくても明石市が独自で自腹で始めた事業がたくさんあること。しばらくすると国や県が同じこと初めて、市からの持ち出しがなくても同じサービスを市民は得られるようになる。すると予算が浮く。その予算をまた新しい市独自の事業予算にする。また国や県が真似をして持ち出し分の金が余る。この繰り返しで明石市では画期的で先駆的な事業が続出することになった。国や県が予算化するのを陳情して待っていたらこのスピード感では物事が進まなかった。まずは先行事例を作ってしまい、国や県に失敗の可能性低そうだと安心させてから予算化を後押しする。しかも様々な事業や政策は諸外国の成功事例をもとにしているので失敗しにくい。決してぽっと出の思いつきではないところに泉さんの強かさと慎重さが垣間見える。

以前ちきりんさんが「孫さんや柳井さんのようなお金の使い方が上手い人に政治も任せたらいいんだ」という発言をしていたが、やっぱりそれは絶対に間違っていると改めて確信した。経済と政治は根本的に目的が違う。孫さんや柳井さんに任せたら最も費用対効果の高い投資に集中するだろう。そしてそれは政治の役割と正反対だ。政治はむしろそういう市場原理から取りこぼされた人にこそ手を差し伸べる機能であって、経済と同じことを政治が二重にやっても社会問題の深刻さを助長するだけだ。人に優しい政治は破綻しない。そういう思いを強くさせてくれる本だった。