un deux droit

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レンタサイクルから見える未来予想図

昨夜、明日のランチどうしようかな~博多駅周辺の店に飽きたな~なんて漫然と考えていると、「そういえばオフィスにレンタサイクルついてるじゃん」ってことを不意に思いだした。博多駅周辺は行きつくしたし、ちょっと高いし、並ぶし、取り留めて美味しくはない。けれど行動範囲を自転車圏内に拡げたら、まだまだ行けていない店はたくさんある。ランチのために徒歩10分かける意欲がある私なので、自転車で10分なら選択肢は無限だ。

今朝、早速レンタサイクルのアプリをダウンロードして、クレカを登録した。1分6円。専用駐輪場は福岡市内に無数にある。10分の移動で60円。バスよりはるかに安く、また行きたいポイントにダイレクトに行ける。サイコー。
昼になり、アプリを立ち上げて地図を見てみると、ちょうどたまたまオフィス前の駐輪場からどこか別の駐輪場まで運ぶとポイントがもらえるタイムサービスみたいな表示がされていた。ラッキー、喜んで乗ります。駐輪場に向かうと、駐輪場が満車で「なるほど、こうやって利用者を体よく配送業者として使って自転車の偏りを馴らしているのか」と気づく。利用者はお金を払ってサービスを利用しているのに、サービス提供者に無償で働かされてもいる。うまくできたシステムだ。

外に止めてある自転車のQRコードをアプリで読み込むと、開錠される。思い立って半日でもうサービス利用できた。ずっと前からオフィスの前に鎮座していたのに、いったい今まで何を見ていたのか。自分のアンテナの感度の悪さを呪う。

今日はかねてから行きたいと思っていた杏仁荘をターゲットに自転車を走らせる。乗り心地は今一つだが、そんなことよりも足が拡張した喜びが勝る。杏仁荘はお休みだったが、近くに「にしなか」というとんかつ屋があり、行列ができていたのでそっちに切り替える。近くのファミマに駐輪場があり、そこで精算。66円也。サイコー。とんかつも美味しかった。




おなかがいっぱいになった帰り、自転車を漕ぎながら、労働の形がどんどん変わっていってるんだなぁということをしみじみ思う。利用者が労働者ってもう究極の形だなと思う。都心部なら、ラストワンマイルの配達が同じような形でできるかも。

たとえば主要駅に荷物の倉庫がある。倉庫には携帯をかざすと入れる。アプリを立ち上げ地図を見ると、配送希望者が指定した宅配ボックスが赤く点滅している。自分の目的地に近い宅配ボックスを選択すると、荷物の詳細が表示される。重さやサイズによって決まる配送料が表示される。配達に合意すると荷物の場所を指定され、荷物に印字されたQRコードを読み込むと配達開始。指定されたボックスに配達されると配達料が計算されて、月1回精算される。荷物にはタグが付いていて、配送希望者がそのQRコードを読み取ると初めて開けられる。配送希望者でない人の携帯からQRコードを読み込んでもタグは開錠されない。タグが開錠されていない荷物をむりやり開けると記録が残り、警察が来る。だいたいこんな感じ。

宅配ボックスを冷凍庫に変えてもいいかもしれない。かつては自販機だったところの半分が、今では冷凍ボックスである。余り過ぎた食材はジップロックして、冷凍ボックスの扉のQRコードを読み込んで開錠し、入れる。アプリから品目と分量を入力。食材が欲しい人は、アプリの地図を立ち上げると、近くの冷凍ボックスのどこにどの食材が冷凍保存されているか確認できる。ピーマンのカットがA地点、なすのカットがB地点、と食材を集めながら自転車を漕ぐ。調理したものをボックスに入れられるのは調理師免許保有者のみで、免許保有者のみが開錠できるボックスを別途作る。ラーメン屋が余ったスープを売ってくれるとかあると売れると思う。ボックスに入れられてから1か月たっても回収する人がいない食材は廃棄。もちろん廃棄直前でタイムセールがある。何ならすこしお金もらえる。いろんなトラブルや犯罪や衛生的な問題や倫理的な問題などすったもんだありながら、いずれ定着するような気がする。今だってどこのだれが作ったかわからないものを平気で食べてるのだから、似たようなものだ。

人と人とがボックスを介して無数に繋がり、雇用労働が融解する社会。SF読みすぎて頭おかしくなってるのかもだけど、あながちSFじゃない気がしています。