un deux droit

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二の腕の先の奈落

会社の先輩が旦那の実家への帰省ついでに会いにきてくれた。自分が入社した当時、社内のアイドル的存在を担っていた2名の女性社員のうちの1人である。この人は小動物系の可愛らしいタイプ、もう1人は長身のモデルタイプで、男性社員の中で密やかに派閥が分かれていた。それがおよそ10年前の話。

先輩はもともと小柄だったのだが、社内恋愛から結婚に至る間でみるみるうちにサイズアップし、最後に会った5年ほど前には、第一子からの育休明けで新人当時の面影がないくらい丸々とした体つきになっていた。しかし持ち前の明るさと愛嬌で「多分もうあんどうくんより重いよ」と自虐ネタを大盤振る舞いするなど、ぽっちゃりキャラを早々に確立して、男性からも女性からも愛されるアイコンとして活躍していた。

そして今日。ここ数年はオンラインでしか会っておらず、「これもう結婚詐欺だよってお母さんに言われるの」「自分の後ろ姿の写真見ていよいよやばいと思った」と更なる増量を匂わせていたのだが、実物に出会うと想像を遥かに超えていた。オンラインではあまり伝わらなかった身体の厚みに度肝を抜かれた。

まず肩周り、鎖骨周りが丸々と隆起している。重量級4番バッターが憧れるような見事な肉付きである。もう脂肪の逃げ場がなくて肩周りに溢れてきたのだろう。
次に二の腕。丸太と形容するにふさわしい身の詰まりっぷり。みっちりと詰まっていて張りがあり、揺れに躍動感がある。
圧巻は腹部。直立の状態でスカートから下の肉が前方にせりだしている。腰掛けるとブラウスに肉が密着して常に段腹が丸見えなのだが、もう隠しようがないので開き直ってなるがままにしている。ブラジャーの食い込みも透け透けで、たっぷりとついた背脂が存在感を主張している。

「いやー、夏休み食べ過ぎてめちゃ太った、やばい〜」と誤魔化していたが、ここ数日でどうこうなるレベルじゃない。しっかり5年間かけて蓄積された熟成感があった。150cmもない身長だが、80kgは優に超えていると思う。5年前で私の体重(70kg)超えているという自覚があったわけで、そこからの増量は10kgでは効かない。

タチが悪いのが元々美人のために、なんだかかえってセクシーに見えることだ。20代の頃は男性にモテまくっていたので、根本的に自分の女としての魅力に自信がある。今でも佇まいが色っぽい。汗ばむ様子が艶っぽいというかフェロモン出まくっている。こうなると太っているというよりグラマラスと評しても構わないくらいだ。ルネッサンス。


「でも正直な話、モテるでしょ。昔から美人でしたけど、今は今で今の色っぽさがありますよ」
そう告げると、小悪魔っぽい笑みを浮かべ、
「あらあんどうくんもそっちタイプ?物好きねぇ」
と挑発をしてきた。この人、わかっててやってる。

「頑張って平静保ってますけど、正直目のやり場に困ってます。反則っすよそんなボディラインが露骨な格好して」
「いやこれは単純に服のサイズが追いついてないだけ笑」
そういう抜けた感じもまた緩急を巧みに使ってくる。

「太り始めてからさ、自分ではやばいと思ってたんだけど、意外とお客さんとかがあんどうくんみたいに甘やかすこと言ってくれてさ、そうやって自分甘やかしてたらこんなことに‥」
先輩はそう言って舌を出す。

「素材がいいというのは役得ですね」
「ホントそれは思う。こんな体型になってからのほうがむしろ営業成績いいし、お客さんも美味しい店いっぱい連れてってくれるし。食べっぷりが気持ちいいって言われるとついつい頑張っちゃってさ。でこの腹よ」先輩は腹の肉を持ち上げる。
「じゃこのあとのランチも遠慮しなくていいすからね」
「ほんとー?めちゃお腹すいたの、でもほんとひかないでね笑」

そう言って、おすすめのラーメン屋に連れていった。
「ラーメン大好物なんだけど、やっぱ1人では行きにくいからさ、最高〜」
そう言って、2人で太麺皿うどんの大盛りとラーメン、唐揚げ、チャーハン、餃子を注文した。2人で分ける体にすればさほど気まずくない。
最初に皿うどんが到着した。女性1人で食べるには流石に多すぎるかもと懸念するサイズだったが、彼女は目を輝かせて啜り始める。
その後、ラーメン、唐揚げ、チャーハン、餃子と順々にテーブルが埋まっていく。
「やばい〜」
「うま〜」
「また太る〜」
そう言いながら、卓上の料理をするすると腹に収めていく。食べ方が上品で、ゆったりと食べている様子なのにイリュージョンのように料理が消えていく様は圧巻であった。
「そっちのラーメンも味見したいな、替え玉して」
「白ごはんも追加で」
本当に遠慮がない。女性でここまで食べる人を初めてみた。
「逆に昔よく痩せてましたね」
「ほんとよねー、昔は人並みに人の目気にしてさ、無意識に抑制していたのかも。これが本来の私なのよ。」
ただめちゃくちゃ飯を食っただけの人なのに、なぜかその姿が凛々しく見えた。

「健康診断とか大丈夫なんすか?」
「コレステロールだけちょっと高いだけど他はバッチリ正常。内臓も無駄に強いのよ。体脂肪率は半分以上脂肪だけど笑」
「ぷよぷよですね笑笑最近体重測ったのいつですか?」
「7月かな、ちょっとその時の数字に引いて、それからもう測ってないのよ〜それからめちゃ増えてるのは間違いないから現実逃避してる。。」
「80はありました?」
「余裕で。むしろ90見えてた‥もう超えてるんだろな‥」
「桁変わりそうすね」
「まだその覚悟はないのよ〜この身長で100超えたら球体よ。もうそれは流石に可愛くないんじゃないかって‥」
「既にかなり球体ですよ」
「あんどうくん、調子乗ってるんじゃない?」
そう言って怒ったフリをするのがまたまたたまらなくキュートだ。

「失礼なこと言ったから甘いもの奢ってもらうからね」
「どっちみちいくつもりだったくせに」
「バレた?」
「じゃあ二の腕触らしてくれたらいいすよ」
「どうぞ、減るもんじゃないし、むしろ減らして笑」
「おお、冷たい。水風船みたいすね。癒される〜」
「私も気がついたら揉んでるのよ笑」
「旦那さんは幸せ者だなぁ」
「いやそれがまたご無沙汰なのよ。脱いだらマジですごいから。破壊力抜群よ。肌ケアはしてるから肉割れとかもしてないし汚くはないと思うけど、なにせ肉の量がね。トラウマレベル。服の下は特殊な性癖が必要みたい。」
「人生うまくいかないすね」
「そうそう、そうしてまた淋しさを食べ物で補ってぶくぶくと太るのよ」

カラカラと笑う彼女のリクエストでスタバのフラペチーノ(グランデ)とケーキを奢った。この調子だと大台を超える日は遠くない気がした。生クリームを口いっぱいに頬張り恍惚とする表情を眺めて、妻子持ちで不倫に走る男の気持ちが少しだけ共感できた。互いの人生のボタンの掛け違いを掛け直せるのではないか、そんな錯覚に陥るのだろう。

彼女とはこれまでもオンラインで互いの育児の苦労や悩みを分かち合ったり、生活スタイル、人生観の話をすることが多く、波長が合うなと感じていた。向こうも同じ感覚があったからわざわざ会いに来て話し込みたいと思ったのだと思う。実際に会ってみて明らかに身体のフィーリングは合っていたし、もう途中から露骨に身を委ねられていたので、自分がほんのあと一押しすれば人生を破滅させることができた。どうせ一発射精すれば頭が醒めて現実に引き戻されて、ただその時々の性衝動に振り回されていただけだった、と後悔することは経験的に理解している。そうやってセルフで頭と股間を冷やして今回のピンチを自制できたのだが、そんな自分を誇らしくも、また情けなくも思える。

お互い納得づくで、一夜限りの過ちを後腐れなくやり遂げてしまう、そんなリスクをサラリと取れてしまう人間がいるのではないか。そんな妄想の存在に取り憑かれる自分もある。きっと誰だって最初は一回限りと思って、それがもつれるのが痴情というものなんだと自分を諌めるためにこの文章を長々と書いている。


今週のお題「冷やし◯◯」