un deux droit

このブログには説明が書かれていません。

荻原浩「神様からひと言」

f:id:un-deux-droit:20220205235500j:plain


書店の文庫コーナーで平積みになっているのを発見。あれ、荻原浩の小説は大概読んだはずだけどなぁと思っていたが、裏表紙のあらすじに思い当たる節がなかったのでどうも読み漏らしていたようだ。

かつて、奥田英朗という作家にハマっていた時期があった。人間の愚かさと愛おしさ、人生のやるせなさと味わい深さといった相反するテーマを作品の中に共存させるのがとても上手で、登場人物を冷酷に突き落として最後にぎゅっと抱きしめるサディスト。しかし、何かのインタビューかエッセイかで、「自分の才能は枯れた」という趣旨のことを呟いていて、もうあまり作品は書かないのだそう。誰か他に奥田英朗的な作家はいないかと徘徊した末に辿り着いたのが荻原浩だった。

この作品は一介のサラリーマンが主人公だ。お定まりの腐敗した組織、濫用される権力、矛盾と混乱に満ちた企業というテンプレ気味の設定から半沢直樹的なわかりやすい勧善懲悪ものにいくのかなと思いきや、そうはいかないのが荻原浩。さまざまな弱さや迷いを抱え、現実にしばしば打ち負かされ、外圧に翻弄されながらも、なんとか現実を生き凌いでいく「普通の人間」の人間味を、雑味そのままに抽出する。プロローグとエピローグで登場人物の境遇に劇的な変化はない。この世にはラスボスもヒーローもいない。フィクションでありながら絶妙に生々しい後味が飽きさせない。最終的には福岡にたどり着くおまけ付き。文庫カバーに記載のあった、荻原浩版「君たちはどう生きるか」とは言い得て妙の素晴らしいコピーライトであった。
これが面白かった人は「明日の記憶」がおすすめ。
でも一番好きなのは「砂の王国」。かなり病んでる話なので心の弱い人には責任持てないほんのり有害図書です。