un deux droit

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頂点の孤独

先日、某ソーシャルゲームの某イベントにて、世界ランク1位の成績を残した。

1位と言っても、おそらく実働しているアカウントがせいぜい1万ほどの極北のゲームの中の話で、更にはゲーム本編と全く関係のないミニゲームの中の話である。賞金が貰えるわけでもないし、ゲーム内アイテムの報酬も大して魅力的でもない。熱心にプレイしていたのは大目に見積もって全世界で100人いるかどうかという過疎イベントだ。そもそも50位まではもらえるゲーム内報酬が同じなので、1位であることに実質的な意味はない。つまり、全くもって自己満足以外の何物でもない。ただ、いかなるランキングであったとしても、1位に輝くという経験自体は人生で滅多にあることではないので、新鮮な驚きを憶えている。



1位になったことって、いったいいつ以来だろう。

上位10%くらいに位置づけられる経験は辛うじていくつか思い当たるが、個人でトップとなると思い当たらない。だいいち、成人して以来の社会というものは、大概のことが団体としての競争になるし、そもそも露骨に1位を争い、勝者を讃える、というシーンに出くわすこと自体が稀になる。

そんなわけで、視野が狭く何事にものめり込めた幼少期と比べて、何かにつけて自分を俯瞰で見るようになってしまった中年期における競争と勝利の景色は、随分と印象の異なるものだった。

まずは競争について。競争とは優劣を競い続けるものだと思っていたが、その本質は離脱と残存だった。最初にスタート地点にいた者たちがその順位を競いながら最後まで走り切るということは、実際にはない。そのほとんどが途中リタイヤをする。先頭を走っていて、後ろを振り返ると後続が大量にいるという光景ではなく、横一線で走っている左右の人間がものすごいペースで消失していくような光景に近い。だから、1位というのは一番速かった人ではなく、最後まで走っていた人、というのがより正確な表現となる。

そのため、優勢あるいは勝利の優越感のようなものはほとんどない。優越感を味わうには自分のポジションを羨み、追い越せない現実に歯噛みする大量のライバルの顔を見る必要があるが、そういう者たちは悔しがって居残るのではなく立ち去ることを選ぶのだ。するとだんだん、かくれんぼが終わったのに自分だけ気付かないとか、教室がシーンとなってるのに最後まで喋ってるとか、そういう気まずさに近い感覚を覚え始める。これを楽しいと思っているのは俺だけか?と、自分が没頭していること自体を滑稽に感じ始めてしまう。

おそらく、どんな芸の追求過程においても、「一体俺は何をしているのか」とふと我に返ってしまうことがあると思う。こだわりを追求したり、些細な入力の差に神経を使ったりしている自分に、「それやってなんか結果変わるの?」と自ら冷笑を浴びせてしまうのだ。

この境地に至ったとき、同じくらいバカをやれるライバルの存在が不可欠となる。メッシにとってのクリロナ、フェデラーにとってのナダルの存在がどれほど自らを鼓舞する力になったことか。たった一人であっても、自分と同じ水準まで狂ったように技術の精度を高めようとしている存在がいるっていうことが、自分のやっていることを肯定してくれる。


今回のイベントでも最終日前日に、あるプレイヤーとスコアで一騎打ちの状態になった。相手はイベント初日からトップランカーをキープしていたが、私が最終日前日にミラクルを起こし、ハナ差で追い抜いた状態で最終日を迎えた。

最終日に先に仕掛けたのは私。順当に行けば追い抜くのが難しい高得点をたたき出す。同じやり方で相手もやれば同等の高得点を出せるが、前日までの点差のおかげでギリギリ抜かされない、という構図を作った。

このまま終わるかと思っていた昼過ぎ、今度は相手がミラクルを起こす。順位表に刻まれた点数を見て、「あ、コイツやったな」と悟った。私が前日に決めたのと同じミラクルなトリックを決めた。私が追い抜くには、昨日決めたのと同じトリックを今日も決めなければならない。2日連続の奇跡を起こさなければ、1位の勲章は得られない。最終決戦に相応しい、痺れる展開となった。

夕方過ぎ、どうしても局面を打開できず諦めかけていた時、いままでのプレイとは違う揺らぎが盤面に起きた。初手の入りは一見すると失敗に見えたのだがこれまでのプレイで苦戦していた難所だけは先に打開できていた。これはひょっとしたらひょっとするぞ、という予感が的中し、私はまたしてもミラクルを起こした。

私は再度ライバルを抜きかえした。相手にもう一度私を抜き返す手は残っていなかった。そして、そのままイベント終了。私は遂に、誰に顧みられることもない孤独な栄冠を手にしたのだ。

私は結果よりも、フィナーレに至るせめぎ合いに充足感を覚えた。最後まで競り合った相手は顔も名前も知らないが、互いにスコアで語り合った。「俺も大概だけど、アンタもイカれてるよ。」そんな自嘲とともに讃え合った1週間だった。すべての生物が息絶えた8000m級の山頂の景色を、たった2人で眺めていた。色も音もない景色は美しかったが、この景色を見るのは人生でもうこれきりでいいかもしれない。