呆けていたら、4月が終わろうとしている。
最近は、月の終わりに、「あぁ、◯月が終わってしまった」という実感を持って、その月を感じることが続いている。これから訪れるものではなく、すでに過ぎ去ったものとして。時間の容赦ない進みに置いてけぼりになり続け、その事実に指をくわえたまま為す術もなく佇んでいる虚しさがある。
何か1ヶ月の手応えが欲しくて、日記を手繰る。
最初に出てきた記録は、ミスチルの新アルバムの購入。


もう音楽に感動することはないのかなと思っていたが、また心を震わせられる曲に出会えた。初めて聴いたときは「なんでこんなメロディなんだろう」と違和感のある曲も、繰り返し聴くと脳内にこびりついて、無意識に口ずさんでいたりする中毒性。新しさはないかもしれない。むしろミスチルらしさを意図的に抑え直して
、今の年齢だからこそ歌える退廃や哀愁を飾ることなくむき出しにしているような曲の数々。全然かっこよくなくて、そこになぜか色気が残る。そんなアルバム。

とりあえず全曲カラオケで歌ってきた。あと、5、6週しないとリズム取れない。
本もよく読んだようだ。奥田英朗「普天を我が手に」の2巻と3巻。小田嶋隆「諦念後」。高野悦子「二十歳の原点」。逢坂冬馬「ブレイクショットの軌跡」。映画は金曜ロードショーでやってた「プラダを着た悪魔」と、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を。あとはゲームに5万ほど課金。
運動は8kmほどのランニングを3回とプールで500mのクロール。それ以外の日で20日ほど簡単な筋トレ。
こうやって書き出すと、ほぼ遊んでいたなと総括せざるを得ない1ヶ月だった。そりゃ時間も瞬時に溶けるわ。
これだけ仕事をサボっていられるのは、自分が仕事をするまでのお膳立てをしてくれている同僚の貢献のおかげに他ならない。営業の電話をかけ、何度も空振って、そのうちのいくつかが釣れて、興味関心を焚き付けた先のプレゼンの場だけに私は呼ばれる。私がしゃべるのはほんの30分。その30分を演出するために、何人もの人が自分の時間を何時間も差し出してくれている。投下時間は天と地ほどあるのに「仕事をした」というカウントは同じか私のほうが多いくらいだ。役得というより他ない。
かつては自分もペナルティエリアに突っ立ってるだけの人間が放つシュート一閃のためだけに何時間も費やしてきたし、その下積みのおかげで自分もシュートの成功率をキープできているし、そこでちゃんとゴールを決めきるから不均衡な関係性でもなんとか成り立っている。でも、だからといってこれらのサボりが「芸の肥やし」であると因果関係を歪曲し、正当化はしない。サボりはサボり、仕事は仕事。このサボりのおかげで仕事のクオリティが上がっているなんてわけがない。サボらないで仕事だけしてたらもっとパフォーマンスは上がるだろう。
凡人ほど人生は長いのだから、やたらと摩耗しても仕方なかろうと、気力を温存しまくっているわけだが、その事をいつか後悔する日が来るのかな。先のことを考えても仕方がないか。