私ははてブに愛されたかった。
ブログの更新が習慣化し、ちょっとずつ読者が増えて軌道に乗り始めたころ、「はてなブックマーク」というものが1件、2件と付き始めた。
これはなんだ?コメントと何が違うんだ?と、よくわからずページを開いてみると、そこには「はてなブログ」とは全く異なる景色があった。
はてなスターが付くことに一喜一憂し、アクセスカウンターが回るのを何度もF5で確認している自分が恥ずかしくなるような、「大人」の世界が広がっていた。
スターや読者登録は所詮身内同士のじゃれ合いにすぎない。
真に読む価値のある文章にはブックマークが付くのだ。
読み手をうならせる、魅力あふれる文章を紡ぎだせる猛者だけが賞賛される実力主義の世界。
それが、私が「はてブ」に抱いた印象だった。
はてブの存在に気づいてからは、自分もどうにかはてブされたいと躍起になっていた。
はてブの新着エントリに掲載される基準を調べて、せっせとセルクマをやっていた。
また、はてブの多い著者のエントリにブックマークをして、そこのコメントにスターをもらうことで流入があるかもしれないと期待した。
そんな純粋な邪心を抱いて数年間、悪戦苦闘した結果は以下の通りである。

↓
元記事
un-deux-droit.hatenablog.com

↓元記事
delete-all.hatenablog.com
はい。見事なまでの惨敗です。箸にも棒にも引っ掛かりませんでした。
私が地下空間でもがいているのを尻目に脚光を浴びていく記事やコメントを見ていると、自分には全くないセンスの塊だなぁ、と感じてしまって、はてブにアクセスするのを止めてしまった。
はてブから愛されている著者は、そもそもはてブを愛していて、自分の生活の一部に組み込んでいる。
そもそも、ブックマークという行為が、自分のためだけの私的な行為だ。
そしてそのブックマークをシェアするという行為は、世界へのおすそ分けだ。
そのおすそ分けは、Googleの広告にまみれたアルゴリズムで引っかかる記事やコメントと違って、自分が信頼する目利きによってチョイスされた珠玉の逸品である。
はてブというのは、自分のためのキュレーションサイトを作り分かち合うことで、シェアする側とされる側が互いの知性を磨きあうという、崇高な営みなのだと思う。
その精神を持ち合わせていない私がお呼びでないのは言うまでもないことだった。
愛されたいとかごちゃごちゃ言っている前に、まずはしっかりそのサービスを愛してみろよ、ということですね。
運営の皆様、20周年おめでとうございます。
30周年までには使いこなせるように、ぼちぼち触ってみたいと思います。
はてなブックマーク20周年記念 特別お題キャンペーン #わたしのはてなブックマーク
