un deux droit

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環境と目的の因果関係はどう繋がっている?

妻が発熱を訴えて3日目に突入。私の発熱は治ったが引き続き体調は不良な状態のままワンオペで突入した連休初日。娘たちは親側のリソース懸念など一顧だにせず、好き放題騒ぎ回り、喧嘩を繰り返し、おやつを寄越せ、あれをさせろ、これはしたくないと甘え倒した。めでたく初日でガス欠になったので、日曜は義母にヘルプを泣訴して押し付けることに。己の実力と精神の軟弱さを嘆く。

一軒家を購入し、生活環境のグレードを一気に上げてわかったことは、環境を向上させても人間関係が良好になったり、本人の指向性が向上することはないということ。長女がピアノに向き合わずタブレットでYouTubeばかり見ているのはピアノに集中できる環境が整っていないからかもしれないと思ったが、新居に移ってからも自らピアノに向かうことはなく、より静謐な空間でタブレットの鑑賞に勤しむだけになっている。

空間を広く取り様々な居場所を用意したとて姉妹は同じ場所で同じおもちゃを取り合っている。夫婦喧嘩の質も頻度も改善しない。より上質な空間で今までと同じことを繰り返しているだけである。結局関係性を良くするには関係性を良くしようと思うしかないし、修身に励むには本人が自ら励もうと意志を持つしかない。

環境次第で動機の有無が変わるのではなく、先に動機があって、その動機が環境を有効に活用するだけなのだ。高邁な目的のない人間に良質な環境を与えて悪い影響はないし、高邁な目的のある人間ならば劣悪な環境でもある程度這い上がってはこれる。ただ目的と環境が揃った時に初めて真の効果を発揮する。良質な環境が目的達成までのパフォーマンスを最高水準で支え、高邁な目標が良質な環境のポテンシャルを最大限に引き出す。

そう考えると何千万もローンを抱えたものの、この環境のポテンシャルを活かせる人間が住んでいないことは残念である。目的のない人間に劣悪な環境を与えるととんでもない害が社会にもたらされる危険性があるため「ないよりマシ」ではあるが、その防止のために背負うローン額としては過大すぎる。

私に今できることは、娘たちが成長と共に心境の変化の起きることを願うことくらいだ。日記ひとつつける習慣のない子どもだった私がここまでまめにブログを更新してこれたのだから、あまり現在の様子だけで悲観するのは止めようと思う。