un deux droit

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妻と私の精神疾患チキンレース

昨日はこたえたなぁ。。

「貴方は私の結婚相手に相応しくない」

だもの。


自分の思い通りにならなければ全てを余すところなくダメ出しをして、妻の希望通りに忠実に立ち振る舞いを再現できるまで許さない。

その逸脱を決して許さないので、逸脱を怯えたり逸脱しないように神経質になり、何が希望なのかと依存すると「自分がないのか、意気地が無い」と突き放す。

そして頑張って自分なりのやり方や言動を試すと「常識知らず」と罵る。


妻の理屈では、私のオリジナリティは一般常識の領域、オリジナリティを出してはいけないところで出しているのだそうた。世の振る舞いの8割は定型的。そこに変な味をつけてはならない。定型的にやろうとしたところで個人差による癖や価値観が出る。それが残りの2割。私はその8割をどうするのかということの正解を妻に求めている、あるいはその8割の中で余計なことをしている。そういうことらしい。


しかし、どこまでが一般常識でどこからが本人の自由領域なのか、その境界線の上げ下げは妻が独断的に決めている。

もう、心ある人造人間を作りましょうみたいな無理筋の話。


思い通りにならないと機嫌を損ねるのを止めるのか、自分が全て采配する負担を甘受するのか、妻は選ばなければならない。自分はこの家庭を継続したいし、そのための努力は日々続けているし、結果も出している。それで納得できないなら妻が頭を下げて解散を申し出るしかない。ごめんなさい、どうしても他人に対して不寛容な気持ちが抑えられないの、と。

そしていつか、これが私の理想の夫です、という正解を見つけて私の前に証拠として突き出してほしい。