un deux droit

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営業の鑑との邂逅

先日、住宅設備のショールームに行ってきた。そこで衝撃の出逢いがあった。

ショールームに足を運ぶのはこれで4社目。過去3社はどれも知名度は抜群で、建物の外装は豪華で、商品の値段は高級で、肝心の設備は今ひとつで、コーディネーターの基礎知識や対応は凡庸なものだった。どれも今ひとつ決め手にかけ、まぁこんなものかと思っていたのだが、ハウスメーカーの営業担当が「〇〇社さんはきっと気にいると思いますよ」と4社目をゴリ押しして半ば付き合いの気持ちで足を運んでみたのだった。
4社目の会社は名前はまぁ知っている、でも前3社よりは洗練されてない印象を持っていた。会社のロゴも昔ながらの字体だし、ショールームもショールームというより資材置き場という様相。しかし、来客者用のブースに通され、案内してくれるコーディネーターが登場してから事態は一変した。

現れたのは初老の女性。小柄だが体幹がしっかりしており、精悍な顔つきが利発さを滲ませる。ハンターハンターに登場するビスケの元の姿と言ったら言い過ぎだろうか。いや言い過ぎだろうな。ビスケが言い過ぎならツボネでも良い。とにかく印象はそんな感じ。

その初老の女性は、無駄のない動きから、さっと名刺を差し出す。「一級建築士のSと申します」まさかの一級建築士。まさかショールームでお目にかかることがあるとは思わず恐縮する。余談だが巨人が誇る往年の名二塁手と同じ苗字であり、職人気質な印象を勝手に重ね合わせる。

その後の商品説明は圧巻だった。ジャパネットの実演販売のごとき淀みない語り口、設計図を完璧に読めるが故の間取りや動線を含めた提案、こちらからの質問も全て建築士的な視点から納得感のあるアドバイスをもらえる。一つ一つの説明がとにかくわかりやすく、そのわかりやすさに感動する。プレバトの夏井先生のような凛とした響きのある声も説得力を与えている。

最終的にまとまったプランはキッチン、洗面台、風呂場と部分最適にならず全体の調和を考えられていた。ハウスメーカーのそれぞれの特徴も熟知しており、「これを標準仕様で入れているのはかなりお得だからぜひ選んだほうがいい」など、客観的な情報を挟んでくれるのも嬉しい。

途中から私は客というより一介の営業マンとしてその巧みな手腕に惚れ込んでいた。自社製品に対する揺るぎない自信と愛情。磨き尽くされたプレゼンテーション。それを可能にするためにショールーム中に仕込まれた必殺小道具の数々。おそらくこの人専用の収納スペースが無数にある。それを会社に認めさせるだけの実績があるのだ。この人は絶対社内でもレジェンド級だろうな。案の定妻との相性もバッチリで、妻も彼女に完全に惚れ込んでしまい、予算が爆上がりである。


話はこれで終わらない。

その後、ハウスメーカーの設計士と打ち合わせがあり、すごい担当の人に出会った話をすると、「あ、Sさんにあたっちゃいましたか」と苦い顔をされたのだ。
「あの人話さなくていいことまで何でも話しちゃうからほんと困るんですよ。お客さんが信者みたいになっちゃって、設計の言うこと全然聞いてくれなくなるんです。こっちとしてもお客さんの予算や土地の形状などを考慮した上で色々工夫して相場感見ながらプランニングしてるので、それが崩れるグレードの商品はないものとして紹介自体をして欲しくないんです。&さんは無理なものは無理と理解する力があるから大丈夫だと思いますけど、人によっては『Sさんは大丈夫と言ってくれたわよ、あの人だって一級建築士なんだから』とこっちの設計士の顔が立たなくなる主張をされる施主さんもいるので…」とのことだ。

この言い分を聞いてますますSさんの評価が上がった。優秀な営業の起こす波紋は必ず関連部署に影響を与えてしまうものだ。会社というのは必ず自社都合で顧客満足を後回しにしてしまうことがある。顧客満足のためにあくなき挑戦をし続けるのは凡人には苦痛で、「そんなに頑張らなくてもパッケージのもの売ってくれたらいいじゃないか」と嫌がられるのだ。けれども優秀な営業が関連部署にかかる負荷は筋肉質な組織を作り、持続的な成長を実現するためには欠かせない。楽な仕事ばっかりしていると組織も腹回りがダブついてくるものなのだ。仕事ができるけど疎まれる存在というのは営業の最高の勲章だ。

新しいことを始めると今までにない出逢いが転がっているものだとしみじみ思う。今時一軒家を建てるリスクを冒す人間なんかそうそういないと思うが、ローン以外にも得られるものがあるもんだと自分を慰めてこのまま突き進んでみることにする。