un deux droit

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私は業者か?

妻から何か指摘されたり不満を言われるとすぐにカッとなってしまう。

向こうはそれが親愛の印だとかより二人の関係を改善して仲良く暮らしていくための行為だとかを言ってくる。つまり私を貶めたり蔑んだりする意図はない。好き好んでわざわざ暮らしているという前提を疑わないでくれと願われる。その安心の前提があるから軽口を叩けるのだと。何か不和があるとすぐに崩れ去ってしまうような脆いものだと思っているからちょっとの齟齬の露見を許せないんでしょ、と。

なるほど理屈は通っている。けれどもその安心の前提とやらを私はどうも眉唾に思っている。私だって馬鹿じゃない。一緒に暮らしていて楽しい、という基礎的な感情が相手にあればこんなに激昂しない。私は妻からその好きで一緒にいる、というのだという前提を感じない。
私の幸せを願っているわけでも不幸になれと呪っているわけでもない。無関心。役に立っている限りにおいて利用価値があるというだけ。子どもを育てる上で便利だから。だからちょっと思惑と違ったりするのが少しも許容できない。私がわかりにくい話は負担だからするな。私の望んでいない気遣いは負担だからするな。負担か快適かのゼロイチの関係。結果は伴わなかった、自分の望みと少しずれたが気持ちは汲み取ってやろう、理解しようと歩み寄ろう、という譲歩がない。
そんなことをするってことはあなたを下にみくびっていることになるけれどいいのか、対等な関係だと思っているからそんなことはしないのだ、と話をはぐらかすが、結局自分の正当性を譲りたくないだけ。毎日毎日ほんと疲れる。