un deux droit

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不景気は自己効力感を毀損する

目をかけていた後輩が1on1ミーティングで退職意向を漏らした。誰よりも明るく、誰よりもタフで、共感能力と鋭い問題提起という二律背反を難なくやってのけるお化け新人で、私などほどなく追い抜かれて、あと2,3年もすれば私の上司になっており、たとえそうなっても私のプライドを一切損ねずにむしろパフォーマンスをぐいぐい引き出してくれるタイプの弩級エースだったのだが、コロナ禍を機にモチベーションが急低下していた。今まで一度もなかったようなケアレスミス、らしくない準備不足が目立つようになった。予算達成見込みも例年に比べ雲行きが怪しい。
彼女は最初、会社が打ち出しているキャンペーンに対する反感を示した。あんな芸の無いごり押しだけで売れるものか。お客様のことを何も考えていない。お客さんのためにならないと分かりきっている商材を売りたくはない。至極ごもっとも。それでうっかり私も乗せられて、当社の存在意義自体がもう陳腐化しているのかもね、と軽口をたたいたのがまずかった。「あんどうさんもやっぱりそう思います??!!」そこからは彼女の独擅場。彼女の話をまとめるとこうだ。コロナを機に、お客様自身が自分たちの存在意義を見失いつつある。そしてその予感はおそらく正しく早晩淘汰される。そんな相手に対しありもしない存在意義をこしらえ、うたかたの夢を見させながら無意味な延命を助長することで自らも空しく延命しようとしている当社もまた存在意義が無い。さすがエース。インコースのえぐりが半端ない。とりあえず彼女には既定路線で乾いたぞうきんを絞る愚行はそろそろやめて、これまでと根本的に質の異なる価値の発揮の仕方を再検証する時間を作ろうということにして今日はお開きにした。簡単に言ってみたもののそれはすなわち新事業を起こすことに他ならないが、彼女の従来のポテンシャルならばやりかねない。
結論として何が言いたいのかというと、不景気の問題は、需要そのものがやせ細ってしまったことによって、「誰かの役に立っている」という感覚を得る機会が減っているんだなということ。そこそこ暮らし向きに余裕のある層は当座のキャッシュフローの心配はなく、もっぱら自己価値の実感・充足が生きるための栄養なわけで、その部分が一人一人の努力や工夫と関係なしに構造的に枯渇し始めていて、それゆえ自分は価値ある人間だと自尊感情を持つことができない人間が量産されているのだとしたらゆゆしき事態である。前途ある若者たちにとっての絶望の緩衝材としてなんとか自分の存在を役立てたいと思う。