un deux droit

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人の話は聞いている

妻から、もっと人の話を聞いてよと愚痴られることが週に何度かある。
余計な解釈を加えず、類推もせず、言葉の意味通りに受け止めよ、ということを妻は言うのだが、
それを他人に求めるのは無理なんじゃないかと思っている。

互いに持っている情報、知識、価値観、思考回路、経験、その時の感情、体調、全てが異なっている中で
一つの文章を遺漏なく発話者の意図通りに受け止めるなんてことは不可能だ。
それはもう思考するなと言っているに等しい。しかし相手の発言の内容を理解するには頭を機能させなければならない。
この時点で破綻している。
なので、話し手の伝えたい事と聞き手の受け止めでずれが生じたとき、
すぐに「話を聞いてない」と断定するのは無作法だと思う。

「話を聞いてない」というのは無反応の時だけにしてほしい。
それはまさに耳が振動を捉えてない、あるいは捉えた振動が脳への信号に変換されていない、という意味を指すから。
あるいは途中で発話を妨害して話すこと自体を許さなかった時か。

「話を聞いてない」という言い方、癪に障るんだよなぁ。
でもじゃあ何と表現すればこの現象をもっとしっくり表現できるのかと問われたら困ってしまう。

自分が伝えたかった内容とあなたの理解にズレがあるように感じています。

長い。

話聞いてないって省略しちゃうよなぁ。
でも聞いているんだけどなぁ。
こういう小さいことにこだわる幼稚さを早く卒業したい。