un deux droit

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自分へのご褒美

また家を追い出された。

今度こそダメかもしれない。

離婚まで首の皮一枚といったところだ。

たとえなんとか元の鞘に収まったとして、首の皮一枚まで深傷を負ったところで果たして正常な機能が回復するのかは不明だが。

諍いの詳細は控える。

事実として、今日家に帰れないことだけは確かだ。

手早くカプセルホテルを抑えて凍死の可能性だけは潰し、街をぶらついてやけ酒を飲める場所を見繕い、久々の日本酒を堪能しているところである。


欲望の赴くままに時間を潰し、上質なアルコールで頭を麻痺させて、今置かれている私の苦境と、妻が戦っている子ども2人の世話という惨めな状況とはおよそ似つかわしくないシチュエーションを満喫している。


1人カウンターで自由を謳歌して気付くのは、自分の欲求を我慢し続けるのは精神的に不健康だということだ。


日々の家事から、自由時間の確保、自己実現、果ては性交渉に至るまで、共働きで子どもの世話をしていると何かにつけ制約がかかる。

かといってそれを全て諦めてしまうと、どんどん卑屈になってしまう。満たされていないから些細なことですぐマイナス思考に陥いる。


自分が簡易的に美酒と美食で潤うと、途端に妻への憎悪が姿を消し、1人で大丈夫だろうか、自分に何か助けられることがあるだろうか、という気持ちになる。


自分が幸せでなければ人の幸せを願えない。身も蓋もなく、なんと愚かなことかと自嘲もするが、それが私の本質なので仕方がない。願わくば私以外の人々をそれくらい弱く愚かであってほしいものだ。


もし仮に明日またチャンスがあれば、きちんと妻を労ってあげたいと思う。妻を私と同じように、窮屈な日常にストレスを溜め込んでいるだけかもしれないからだ。そのことに気づかせるため敢えて私を野に放ってくれたのではないかとすら思うくらい今の私はハッピーだ。元の鞘に収まることができたなら、酒を飲む習慣だけは復活させようと思う。乳幼児の子育ては正気ではやってられない。