un deux droit

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家族というまやかし

家族とは一体なんなのか。

自分は安らぎの場、憩いの場、日々の疲れを癒し明日の活力を充電する場であるべきと思っていた。

しかしその蓋を開けてみると安らぎどころか戦場でしかなく、一瞬の油断で蜂の巣になるような心冷え切る空間だった。

妻は私にハートフルを禁じ、ただただユースフルであることを求めた。

家庭の正常な運営、子供の順調な成長に寄与するためだけのソルジャーになることを課したのだ。

その目的に資するためのコミュニケーションならいくらでも取れる。白熱し、子供の将来を想像して心が温まり、笑顔が溢れる。むしろ、そのコミュニケーションがおざなりになると鉄槌が下る。とどのつまり家庭も特定の価値創出を企図する会社に過ぎないわけで、その価値創出に貢献できなければ容易にリストラされる環境だ。

そう考えると家族という概念はいかにも罪深い。共通の目的のために特定の期間たまたま集っているだけの他人の集団なのだ。血の繋がりも、臓器提供の時に役立つくらいで大した意味はない。他人他人他人。分かり合えないことに傷つく必要はないし、心通じ合うことがあればそれはただの偶然だ。それも永遠のものだという保証はない。徹底して家族という幻想を突き放して、自らの信念に忠実になり、人として大切だと思うことを黙々と果たして生きていこう。