un deux droit

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育児をしながらどうやって自分の時間を確保するか

時間が経つのが異常に早い。

最後にブログを更新してから約2ヶ月が経ってしまっていた。その時間の経過に気付かぬほど幼児と乳児との生活は慌ただしい。

専ら子育てと家事に従事することになって3ヶ月。今思う率直な心境は、自分の時間を持てるということがいかに尊いことか、ということだ。

私の場合自分の時間を持つ、というのは、自分の好きなように、なんの制約もなく、なんの妨害もなく時間を処分できる、ということを指すのだが、結婚して他人と生活を共にすることを選んだ以上そんな時間が自分の意のままに確保できるなんてことはもちろん元から諦めている。

ただそんなに欲張りでないと自分では思っている、全ての家庭生活において期待される役割を全うした上でなお余ることを期待しても罰当たりではないくらいの、ほんの30分やそこらの安らぎの時間すら、今の生活では確保することが難しい。

これは自分にも原因がある。というのも、自分が安らぎの時間に求める条件に色々とこだわりがあるからだ。

何より大切なのは、自分がその時間の開始と終了を意識決定できること。いくら育児や家事の日々が忙しいとはいえ、急に空いた隙間時間というのは幾らかある。しかし、それでは私は満足感が得られない。時間に対する主体性が大事なのだ。

次に大切なのは、その時間を確保することに対する罪悪感のなさだ。たとえば赤ちゃんを妻や近くに住む義母に預けて自分の時間を確保することは今の環境でも可能だ。しかしなんだかお尻のあたりがムズムズして居心地が悪い。自分だけ楽しているような感覚になってはどうにもだめなのだ。なので、妻カードや義母カード散髪や通院などレジャー感の薄い用事でしか使っていない。そうなると、罪悪感を味わわない時間帯は、必然的にみんなが寝静まった『裏の時間』になる。ちなみにこの時間帯はよほど自分が粗相して大きな物音を立てたりしなければ誰かを起こして妨害される心配もなく、その安心感がさらにその時間に対する満足感を高めることにもなる。

最後に大切なのは自分の脳のパフォーマンスが高い時間帯であることだ。自分の場合は日本の社会人として困ったことに17時から24時くらいが脳が活性化している。思考力や発想力が急に元気になり意欲も高く前向きな気分だ。夜泣きで起こされるので3時や4時からの開始も試してみたが頭が全然働かなくて断念した。これは個人差があることだから仕方がない。余談だが子供ができてから残業ができなくなって企画書の類の制作スピードと質はすこぶる悪くなった。朝方人間というのは子育てと自己実現の両立に向いているから心底羨ましい。

と、こんなわけで結論としては色々試行錯誤した結果、長女を21時頃にさっさと寝かしつけて、自分も一緒に仮眠した上での22時スタート24時エンドが私にとってのベストだった。妻も深夜帯の授乳に備えてその時間帯は寝てしまうし、次女も都合のいいことに20時頃に寝かしつけたら1時くらいまでぶっ通しで寝てくれるありがたいリズムで生活している。ちなみにそのあと次女はだいたい3時から4時半の間に一度起床、次は6時くらいに起床する。自分の育児パフォーマンスは22時から2時間起きている分低下しているわけだが、早朝はどのみち低パフォーマンスの時間帯であるからその下がり幅はさほど影響を及ぼさない。だから妻の満足度をそれほど下げずに自分の生活への満足度を存分に高めることができる。まだ余談だが、子育てに携わってから、連続した睡眠に対する重要度が私の中でがくんと下がった。細切れの仮眠みたいな睡眠サイクルでも思ったより幸福感を損なうことなく生活がやっていけている。この辺りも個人差がありそうだ。

で、肝心の自分の時間で何をしたいのかという話なのだが、私はその内容についても多くを求めない。読みたい本が読めたり、こうやってブログに瑣末な記事をあげたり、たまった家事を誰の妨害もなくやれたりするだけで幸せなのだ。そんな些細なことすら子育ての真っ最中はなかなか叶わない。

育児は誰にでもできる。それほど難しいことではない。ただその生活に耐え続けるというのが案外難しいのだ。つくづく子育てというのは人を選ぶ営みだなと思う。国がどれだけ少子化に喘ごうと、親がどれだけ孫の顔を見たかろうと、惑わされる必要はない。これだけ生活が豊かになり、娯楽に溢れた社会に生きている現代人が子育てという原始的な生活への忍耐力をどんどん損ねていっていることは間違いない。これから子供を授かろうかどうか思いあぐねている人は、何が自分の人生にとって幸せなことなのか、そしてその適性が自分に備わっているのか、慎重に見極めて子供を産み育てるという選択をしてほしいと切に願う。

なんだか最後はずいぶんとっちらかった大げさな話になった。調子いい時間帯に書いているとはいえ、自分の脳の働きなど所詮こんな程度だ。